191.夢を見る
副所長→副支部長に修正しました。
「――うーん、なるほど。これは……なるほど」
サグ・リクスン。
地方支部ではあるが、商業ギルドの副支部長にまで登り詰めた男である。
商売人として、強引な押しには負けない。
マイラの猛攻をなんとかなだめすかしつつ、セララフィラらから魔建具の概要を聞き。
そして、納得した。
「一千万か。一千万ね」
持ち込まれた新技術と、一千万ネッカ。
双方を頭の中で天秤に掛ける。
妥当。
いや、むしろ少し安いくらいかもしれない。
そう、一千万もの強気な額を提示するということは、つまり。
「これは新しいビジネスと捉えても? たとえば、どこかの土魔術師にこの技術を売り、その人オリジナルデザインの建物……魔建具を作り出す、というやり方も?」
さすが商業ギルドの副支部長だな、とセララフィラとクノンは思った。
まだ基本的概要だけ、魔建具がどういうものかを説明しただけ。
それなのに、そこまで考えてしまうのか、と。
クノンらは、この魔道具を開発した者たちだ。
だから先の展開を考えつく。
これがどういう理屈で成り立っているかちゃんと理解しているから。
しかしサグはそうじゃない。
あくまでも売り物として捉え、使い道を考えている。
商人の発想とは侮れないものである。
たとえ魔術師じゃなくても、彼らは魔術に対する価値を見出す目も持っているのかもしれない。
――ちなみに、実はマイラもサグと同じ結論を考えていた。
だからこその強気の一千万だ。
「そうですね。その辺のやり方も含めての契約です」
「ならば成立ですな」
マイラがおっとり答えると、サグは即答した。
欲にぎらつく中年男の瞳と。
穏やかだが油断のない老婆の瞳と。
二人の視線がぶつかる。
考えていることは一緒。
言葉はなくとも、それを確信できた。
「いや、面白い技術だ。これは業種が増えるビッグビジネスですな。今権利を押さえられるのは実に幸運だ」
――サグの頭の中では、すでに魔建師なる職業ができあがっていた。
この魔建具という技術に参入する土魔術師は、いわば大工。
建築士になるのだ。
通常、建築というのは材料や重量や土地といったものと相談し、綿密な計算をして作っていくものだ。
大掛かりな仕事だ。人も材料も時間も掛かる。
しかしこの技術は、魔術のみで行う。
ならばきっと、通常の建築では不可能な建造物を作ることもできる。……かもしれない。
いや、そこまでは望まないにしても。
家を建てるより気軽に、時間も掛けず、またお金も掛けず。
そんな感覚で家を買えるとなれば、珍しい物が好きな金持ちは興味を示すだろう。
気軽だからこそできることもたくさんある。
たとえば、客自身が家のデザインをしてそれを元にできるだけ再現するだの。
設計段階の建物を試しに建ててみるだの。
そんな仕事も成り立つかもしれない。
このディラシックでは、土魔術師の需要は少々過多である。
優秀な技術者はちゃんと仕事があるが、それ以外とはだいぶ落差がある。
この技術は仕事にあぶれた魔術師たちの新たな選択肢となる可能性は高いし、何より――
「特に夢があるのがいい」
――何より、夢がある。
世界的に有名な建築士がいるのだ。
ならば魔建師として名を馳せる者が出てくることも充分考えられる。
まだ誰も手を付けていない、未知のデザインの世界。
それがここにあるのだ。
いつか一流の魔建師が生まれて、どこの国にも呼ばれるような有名人に育ち。
そして、言うのだ。
――今の自分があるのは商業ギルドのサグさんのおかげですよ、と。
最高じゃないか。
王族だって機嫌を伺うような大物が、ギルド職員を立ててそんなことを言うのだ。
金はあるし、一応それなりの地位も得た今となっては。
そんなささやかな野望が叶えばそれでいい。
魔建具。
この技術には夢がある。
サグはそこが一番気に入っていた。
商人にしては少々ロマンチストすぎるかもしれない、と自分でも思いながら。
「――あ、ちょっといいですか?」
細々した話を詰めて。
特許関係はヒューグリア王国に任せたので、詳しくは向こうに問い合わせるように言い。
それで、セララフィラたちの契約は終わりだ。
特許による使用料は別に支払う必要があるが。
魔建具関係全般の取り扱いは、ディラシックでは商業ギルドが独占という形になった。
売り出し方も売り出し時期も、あとは商業ギルドが決めること。
技術的な相談には応じるという約束を交わし、セララフィラは席を立った。
だが、クノンは立たなかった。
なんなら座り直した。
「はい?」
無事商談が成立し、サグはほっとしていた。
少し気が抜けていた。
だから、一拍遅れてクノンの言葉に反応する。
そしてそれは、立ち上がったセララフィラと控えているマイラも同じだった。
「僕、これに関してもう一つ売りたい技術があるんですけど。相談に乗ってもらっていいですか?」
「え? これに? この魔建具に、ですか?」
「はい――あ、セララフィラ嬢。これは僕個人の契約だから、外で待っててくれる? 終わったらランチに行こうよ。今日は素敵な女性二人とランチかぁ。世の男たちが歯ぎしりしているのが聞こえてきそうだね」
「えっ?」
どういうことだ、とセララフィラは思った。ランチは行くが。
思ったが、
「わかりましたわ。マイラ、行きましょう。そしてランチの場所を考えましょう」
利益は折半で、一ヵ月五百万ネッカ。
それが確約された今、セララフィラはここで引くべきだ、と思った。
どう考えてもクノンの温情で得た利益だ。
これ以上甘えることはできない。
ここから先は自分の力でやっていかないといけないのだ。
セララフィラも特級クラスの一員なのだから。
話が気にならないと言えば嘘になるが。
だが、きっと、まだそれを聞いていい腕前に達していない。
セララフィラはなんとなくそれがわかった。
だから侍女を連れて大人しく部屋を出た。
少し悔しいが。
いずれ必ずクノンに追いついてやる、と心に決めて。
セララフィラとマイラが出ていき、室内にはクノンとサグだけが残った。
「それで、相談とは?」
――サグは少し緊張していた。
もうこの歳になると、商談や交渉など数えきれないほどこなしてきた。
失敗もしたし、成功もした。
そんな経験を経た昨今では、交渉事で緊張するなんてほとんどなかったのだが。
商談中はほとんど発言しなかったクノン。
技術的な話も、セララフィラの方が中心になって話していた。
そんなクノンが、一人だけ残っている。
いったい何の話をするつもりなのか。
緊張する要素などない子供なのに。
奇異なのは眼帯だけなのに。
どうしても緊張してしまう。
「単刀直入に言います」
クノンは言った。
「その魔建具、魔力がない人も使えるようになる。と言ったらどう思います?」
「……えっ!?」
魔道具。
それは魔力を使用して稼働する道具のことだ。
魔術師以外は使用できない。
多少例外はあるが、それが共通認識だ。
当然、魔建具もその例に漏れない。
これは魔術師しか使用できないものである。
――だが、もし一般人も使用できるとしたら?
クノンが言っていることは、
「バカな! そんな方法が!? あるんですか!?」
数々の商談をこなしてきたサグさえも、我を忘れて驚かせるに足る内容だった。
そんな中年男に、クノンは平然と頷いた。
「ええ。できると思います」
クノンはこだわった。
雛形の魔建具に使用した魔術は、土魔術の初歩のみ。
難しい技術は入れていない。
それで成立する形で、魔建具を作ったのだ。
だから、魔建具はきっと入れられる。
魔術を入れる箱――「魔帯箱」に。
開発はしたものの、入れられる魔術は弱いものだけ。
改良の余地しかない、あの試作品。
正直、なんの使い道も考えられなかったが――ようやく入れるべき魔術を見つけた。
一般人でも使える魔道具を。
クノンが目指していたことの一つである。
そんな夢の一つが、叶うかもしれない。