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190.素敵な彼女は才女でした

副所長→副支部長に修正しました





「クノン様、この度は――」


 セララフィラと待ち合わせをした場所。


 そこに到着するなり、クノンはマイラから感謝か謝辞か。

 あるいはどちらもか。


 とにかく彼女は焦ったように挨拶してきた。


 冷や汗が浮かんでいる辺り、彼女は話の大きさをちゃんと理解しているのだろう。


「いや、いいんだよ。大丈夫」


 クノンは彼女の言葉をやんわり遮った。


「あくまでもセララフィラ嬢と対等な取引だから。一方的な関係じゃないからね」


 ――今日は、魔建具を売るために商業ギルドに行く日である。


 商業ギルド近くの喫茶店で待ち合わせをして、無事合流することができた。


 クノンとセララフィラは子供である。

 子供だけではなめられそうなので、セララフィラの使用人であるマイラも一緒にやってきた。


 実は彼女、元は帝国の高位貴族出身だそうだ。

 礼儀作法から一般教養、更には高位貴族としての教養も身に付けている才女なのだとか。


 それはそうだろう。


 高位貴族クォーツ家の使用人として、セララフィラに付けられたのである。

 身内、それも子供に、礼儀を知らない庶民出など近づかせないはずだ。


 実家の商売も手伝っていたそうで、商い交渉も慣れているそうだ。


 ただ、実家は没落してしまったそうだが。


 ――そんな彼女だからこそ。


 マイラはちゃんと理解していた。

 もしかしたら、クノンやセララフィラより、よっぽど深く理解しているかもしれない。


 魔術はわからない。

 だが、商売は少しわかる。


 これから二人の子供が売り込もうとしている技術は、高位貴族くらいじゃないと扱えないと思っている。


 それほどの価値がある、と。


 これから商業ギルドでどんな話をするのか、どんな物を売りつけるつもりなのか。

 そして、それがどんなに価値があるものなのか。


 とてもじゃないが一人で家で待っているなんて、できなかった。


 一歩間違えば騙されて技術だけ取られる、借金を背負うなんてこともあり得るのだ。


 老体なので限界はある。

 いるだけ邪魔かもしれない。


 でもそれでも、自分にはセララフィラを守る義務だってあるのだから、と。


「僭越ながら、クノン様。試算はできていますか? だいたい幾らくらいで売れるだろう、という大まかな予想なんですが……」


 セララフィラを通さず、直接クノンに発言している。

 これは使用人の分を越えている。


 だが、無礼を押してでも、マイラは確認せずにはいられなかった。


「え? そうだなぁ……使用権だし、五百万くらい?」


 大金である。

 少し安いが、まあまあ妥当である、とマイラは思った。


 これなら黙って見ていても大丈夫か――


「それで年間契約して、あとは――」


「年間!?」


 いつもおっとり落ち着いているマイラが、大声を上げた。


 それでも大人しい方なので目立たなかったが――滅多にないマイラの声に、セララフィラだけは驚いた。


「月額の間違いでしょう!?」


「え? それだと取り過ぎでしょ?」


 シ・シルラは、物を売ったお金だ。

 だから高額となっている。


 しかし、技術の使用料は物を売るわけではない。

 使用権、購入権をやり取りする契約である。


 ならば基本的な使用権は、年間五百として。


 あとはオーダーメイドの魔建具で稼いでいく、という流れをクノンは想定していたのだが。


「クノン様、交渉は私に任せていただけませんか?」


「は? ……うん、まあ、……うん」


 クノンは思った。


 マイラがここまで自己主張するなら、きっと自分の見通しが甘いのだろう。

 素敵な女性は嘘を吐かないと信じているから。


 だが、事は大金が絡む話だ。

 すべて任せる、とも言いづらい。


「クノン先輩、マイラなら大丈夫ですわ。いったん任せて見守りましょう、紳士的に。わたくしも淑女的に見守る所存です」


 クノンは彼女の出身や背景を知らない。

 だが、セララフィラはそれを知っている。だからこそ口添えした。


「……そう。じゃあそうするね」


 二人もの素敵な女性が言うならそれでいい。

 クノンはそう思ったので、任せてみることにした。





 商業ギルドにやってきた子供二人と老婆。

 抜け目のない商人たちが、さりげなくもがっちりと視線を向ける。


 見るからに魔術師で、見るからに育ちが良さそう。

 そして子供。


 ここは魔術都市ディラシック。

 子供の魔術師も珍しくないし、ならば子供でも侮れない。


 だからこそ、皆が金の臭いを嗅ごうと油断なく見ていた。


 もちろん軽はずみに絡もうなんてバカはいない。

 この辺は冒険者ギルドと同じである。


「セララフィラ様ですね?」


「はい」


 事前に訪ねる予約を入れていた。

 ギルド職員の対応は素早く丁寧で、三人をすぐに奥の個室に案内してくれた。


「――ああ、お待たせして申し訳ありません。私は商業ギルドディラシック支部、副支部長サグ・リクスンと申します」


 高級調度品で揃えた上客向けの応接室で、待つことしばし。

 

 いかにもやり手の商人。

 そんな感じの恰幅のいい中年男がやってきた。


 少し太ってはいるものの整えられた髪と口髭、質素だがしわのない服など、それなりに清潔感がある。

 いかにも小金持ちの商人、という感じである。


 歳は四十半ばほどだろうか。

 この年齢で副支部長なのは、少し早いだろうか。できる男なのかもしれない。


「副支部長、ですか?」


 セララフィラは驚いていた。

 子供の話を聞くにしては大物が出てきたものだ、と。


「はい。たまたま時間が空いていたので、私が聞かせていただきます」


 ――このセリフは嘘である。


 サグは知っているからだ。


 セララフィラは、アーシオン帝国の高位貴族クォーツ家の者。

 まずこの時点で無視はできない。

 当然、ぞんざいに扱うなどもってのほか。


 一緒にいる眼帯の少年は、ゼオンリーの弟子クノン。

 あのゼオンリー(・・・・・・・)の弟子ということで有名になり、それが嘘じゃないと証明するように何度となく活躍を聞いている。

 今冒険者ギルドを中心に広まりつつあるシ・シルラの丸薬に一枚噛んでいるとか。

 彼も無視できない存在だ。


 セララフィラも気になるが。

 特に気になるのは、クノンの方である。


 彼がいるのであれば、大きな儲け話を期待してもいいかもしれない。


 平職員よりは、ある程度大きな額を動かせるサグなら、大物を逃がす可能性は低いだろう。

 そう意気込んで交渉の席に乗り出したのだ。


「副支部長なんですね。副ギルドマスターじゃなくて」


「あ、名称はギルドそれぞれですな。確か冒険者ギルドはそう呼んでいたはずです」


 と、そんな雑談をしつつ全員簡単な自己紹介を終え、早速商談に入った。


 その後――





「一千万ネッカが妥当でしょう」


 すぐにマイラが無双していた。


「いや、マイラさん、一千万はさすがに」


 しどろもどろのサグに、マイラはいつも通りおっとりしつつ。


 しかし言っていることは強引そのもの。

 曲げることも妥協することも一切なく、強気で押した。押しまくった。


「商業ギルドの副支部長さんが、物の価値がわからないのですか? これから額が上がることはあっても負かることはない破格だと思いますが」


「いやしかしですな、まだ実績も需要もない新技術ですぞ? 私もまだ概要を把握できてもおりませんし……それを一ヵ月一千万というのは……」


「あらあら。副支部長にまで上り詰めた男が、随分弱気ですのね? クォーツ家の猫の方がよっぽど度胸が据わっていますわよ? 何しろ皇帝陛下に擦り寄り膝に乗って大あくびして熟睡までしましたのに」


「は、はあ……」


 マイラは強かった。

 セララフィラもクノンも、口出しできる隙など一切なかった。

 

 ――「おいしいね」「そうですわね」と。


 熾烈な交渉を繰り広げる二人の横で、ただただお茶とお菓子を楽しむだけだった。




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