189.売り込む
「――じゃあ、次はお金を作りに行こうか」
そんなクノンの言葉を聞き。
早くも「次」を考え思考の海に沈んでいたセララフィラは、現実に戻ってきた。
それだ、とセララフィラは思った。
魔建具は完成した。
とりあえず基礎だけだが、これがもっとも重要。
ここから建物は進化するのだ。
きっとこの技術に惚れ込んだ土魔術師たちが、どんどん新しい建築の術式を生み出していくに違いない。
先が楽しみで仕方ないし、セララフィラも遅れないよう付いていくつもりだ。
が、それはさておき。
「わたくし、確かにこれはお金になると思いましたが」
と、セララフィラは無事完成した土の家を眺めながら言った。
「果たして、どのようにすればお金になるかは、考えていませんでした」
魔道具学の勉強に。
術式の勉強と試行に。
ここ最近のセララフィラはそればかりだった。
はっきり言って、それ以外のことを考える余裕なんて、本当になかったのだ。
どうにかすればお金にはなると思うが。
いったいこれをどうするというのか。
「提携だよ。専属契約っていうのかな」
「提携?」
「僕としては商業ギルドがいいと思うけど。他のギルドも……いや、まあとにかく、どこかのギルドと専属契約を結ぶ。
その契約金と使用料が収入だね」
なるほど、とセララフィラは頷く。
「これ自体を売るわけではないのですね」
「いや、それもありだよ」
「え? でも……」
クノンの予想外の返答に、セララフィラは眉を寄せる。
自分で作っておいてなんだが。
正直、この家に住みたいかと言われると、悩む。
というかあまり住みたくない。
今のアパートメント暮らしで不便はないが、こちらは確実に不便だろう。
そんなものが、果たして売れるのか?
「言いたいことはわかるよ。この状態ではちょっと難しいよね」
よかった。
クノンもそれはわかっていた。
「これはあくまでも雛形だからね。物珍しいけどそれだけ、って感じだよね。
家である以上、やっぱり使う人のこだわりはどうしても入るよね」
それはそうだ、とセララフィラは頷く。
せっかく買うなら、自分の住む家にはこだわりたい。
安い買い物ではないので、妥協はしたくない。
たとえ予算の問題が絡んでこようとも、精一杯理想に近づけたいものだ。
「だからオーダーメイドで注文を受け付けて、お客さんの好みの家を設計して引き渡す。
これなら絶対に売れると思う」
――それだ、とセララフィラは思った。
というか自分で考えなかったのが不思議なくらいだ。
それしかない売り方だった。
そりゃそうだろうと言いたくなる売り方だった。
「それに、この魔道具の特徴は忘れてないよね?」
「一、出した家は三日しかもたないし、環境によってはもっと短い。
二、魔道具自体が摩耗するので、一日に五、六回しか使えない。
三、壊すと土になるが、壊さなければまるごと消すことができる。
……でしたよね?」
一、出した家は三日しかもたない。
多少伸ばしたり縮めたりはできるが、基本的な寿命は三日程度。
大雨、強風、その他などの例外下ではその限りではない。
二、一日に五、六回しか使えない。
道具の酷使、と考えればわかりやすいだろう。
一日一回か二回くらいに抑えて、保管にも気を付ければ、ほぼ永続的に使えることになっている。
まあ、そのように作ってはいるが。
十年も二十年も経てば、術式を描くインクや土台の板が変色したり劣化したりもするかもしれないので、あくまでも設計上の話だ。
三、壊すと土になる。
元々は土魔術で形作ったものなので、壊したら土に、あるいは術式稼働前に戻るというだけの話だ。
――こうして聞くと欠点ばかりのようだが。
「この魔建具の最大の利点は、その手軽さと持ち運べることだよ」
それなりの土魔術師がその気になれば、一日くらいで魔建具として作れる。
これはかなり手軽である。
その分、普通に家を買うより安くなるだろう。基本価格はぐっと庶民寄りになるはずだ。
そして、持ち運べること。
持ち運べる家、と考えると、その利便性はなかなかのものだ。
「そうですわね」
その利点を考えれば、セララフィラも客層が見える気がする。
「たとえば、王侯貴族の行楽のお供に。
行商人の野宿に。
家出した貴族娘に嫌々付き合わせる執事の心労軽減に。
活躍するシーンは多いに違いありませんわ」
それは間違いないな、とクノンは思った。
要するに、家型テントだと思えば早い。
そしてテントより設営も解除も楽だ。
売れないとは思えない。
庶民受けはしないとは思うが、お金持ちは買うだろう。
「……と考えると、やっぱり商業ギルドかなぁ」
冒険者ギルドなら少し顔が利くクノンだが。
でも、これを売り込むなら、やはり商業ギルドだろうと思う。
「じゃあ……今日は遅いから、明日一緒に行こうか。僕も交渉に付き合うよ」
「クノン先輩、まだわたくしに付き合ってくださるの?」
ここまでで充分付き合わせたのに、まだ一緒にいてくれるという。
セララフィラは感動した。
社交界広しと言えど、クノンほどの紳士にはなかなかお目に掛かれない、と思った。
「気にしないで。もう権利が半分ずつになってるから、僕も無関係じゃないってだけだよ」
女に気を遣わせないよう気を遣ったそのセリフ。
まさに紳士中の紳士だな、とセララフィラは思った。
だが、本音は違う。
――「ほら、君がちょっとアレな契約とかしちゃうと、僕も困ったことになりかねないからさ。心配なんだよね。大金が絡むことだし。セララ嬢もちょっと世間知らずなところあるし。そんなところも可愛いとは思うけどね」と。
そうクノンは思っていた。
それに、クノン自身も自分の交渉があるので、丁度いいのである。