188.土の家、完成
「大掛かりになりそうですわね……」
「大掛かりっていうよりは、大きいってだけだよ。仕掛けは単純だしね」
魔力を流すと家が建つ魔道具。
名前が長いので「魔建具」と名付けたそれが完成した翌日。
魔術学校の空き教室を一つ借りて、そこにクノンとセララフィラがいた。
「今回から、ちゃんとした道具を使うからね」
午前中は道具類を揃えるのに奔走し。
開発実験に入ったのは、午後からである。
まず用意したのは、正方形の薄い木の板九枚。
これは紙代わりとする土台だ。
術式を描くペンとインク。
紙に描いていた時は魔的要素を含んだインクだけで事足りたが、本格的にやるならそれ用のアイテムが必要なのだ。
木の板に、セララフィラの土の魔術を込めながら、専用インクで術式を書く。
基本的にはそれだけである。
九枚もある板は、最終的には繋げて一枚として扱う。
大きすぎると扱いづらいので、加工する時は九つに分けた状態で行うのだ。
「ひとまず、昨日の家の大きいのができればいいと思う。同じ物でいいよ」
物事には順序がある。
クノンはまず、簡単な家から始めるべきだと思っている。
昨日完成した、四角の一間の小さな家。
今度は人が入れる大きさで。
まずはそれを目指そう、と。
「わかりました。ちなみに計算ですと――」
「うん、そうだね。小さい時と同じってわけには――」
土台の強度の見直し。
壁や天井の厚さの見直し。
小さい家なら問題なかったが、大きくするとなれば話は別だ。
単純に、家の重量が重くなるのだ。
重さを支えるだけの骨組みを組む。
そのため、計算し直さねばならない。
セララフィラとクノンは、少しばかりその辺の打ち合わせをして、作業に入った。
床に板を置き、一枚ずつ術式を描いていくのだ。
魔建具自体は単純な構造。
術式も簡単だし、そう複雑なものではない。
「――やはり二階建てで屋根裏は欲しいですわ。屋根裏部屋って全世界の女の子の憧れなのですから」
「――へえ。紳士としてそれは覚えておかないとね」
昨日の「理想の家」の話が楽しかったのか。
今日のセララフィラは、終始家の話をしていた。
だが、無駄話ではない。
それらはすべて雑談という皮をかぶった構想なのだ。
いつかこの魔建具で理想の家を建てて見せる。
今は単純なものしかできないが、いずれ必ず……と。
今は無理でも、考えておくことは無駄ではないから。
話をしながらも、二人の手は止まらなかった。
術式はあっという間に書けたので、早速試してみることにした。
「土臭い」
「土臭いですわね」
校舎を出て、空いたスペースに板を並べ、発動。
構想通り、土の家は建った。
しかし、喜び勇んで家の中に入ったはいいが。
「臭いか。盲点だった」
入ってすぐに出てきた。
土の臭いがした。
家中から思いっきり土の臭いがした。
いや、当然だろう。
土でできた家なのだから。
「土の魔術を使ってほのかに香ることはありましたが、やはりそのものの中に入ると気になりますわね」
――それでこそだ。
やってみないとわからない問題点。
それを浮き彫りにするために、今試しているのだ。
「臭いの消し方、あるいは違う臭いにする術式は?」
「できます」
「じゃあ修正は任せるよ。あと土台が気になるね」
「そうですわね。ここは平地のように見えますが、家は少し傾いていますわ」
「いっそ床と地面を離した方がいいかも」
「足を付けるのですね?」
「そう。高床式ってやつだね。床と水平になるよう自動調整する仕掛けを入れれば解決かな。足の長さで平衡を調整するんだ。
これはちょっとややこしいから、僕がやっておくね」
「お願いします」
細々した修正や話し合いを経て、結局完成したのは夕方頃になってしまった。
「うん。ギリギリ住めそう」
床も壁も天井も、石のような硬さだ。
だが、土を固めただけの家である。
ベッドやテーブルと言った家具らしきものもあるが、これも硬い土ごしらえである。
特にベッドの硬さなんて嫌になるくらいだ。
眠れないくらい硬い気がする。
だが、住めそうだ。
土の臭いもしないし、非常に安定している。
外観も少しいじった。
六本ほどの足が生えた。
家の重量が均等に掛かるよう、自動的に足の長さを調整する仕掛けを組み込んだ。
これで傾きの問題は解決だ。
「あとは窓とドアだね」
昨日と同じく、そこには何もない。
窓枠はあるがガラスははまっていないし、ドアもないので外から丸見えだ。
家としては失格という感じである。
これではただの人が入れる箱、という感じだ。
「問題ありませんわ、クノン先輩。窓とドアの術式もすぐに描けますから」
「あ、できる?」
「はい。違う術式が増えるので、今回はあえて外しました」
あくまでも、使用する魔術は「
セララフィラはそこにこだわった。
「そっか。じゃあそれを付けたら完成だね」
完成。
「本当に? わたくしはやり遂げましたか?」
「うん。充分な成果が出たと思うよ」
クノンは確と頷いた。
セララフィラは、初めての開発を、やり遂げたのだ。
完成。
これで完成。
――嬉しさが込み上げるかと思ったが、そうでもなかった。
ここまで来るのは大変だった。
毎日金欠で喘ぎながら、聞き馴染みのない魔道具学なる学問を頭に詰め込み。
生涯これほど努力したことがあったか、と自問自答したいくらい勉強して努力して。睡眠時間も削ってがんばって。
そして、ようやく完成までこぎつけたのだ。
しかしなぜだろう。
嬉しいことは嬉しいが、手離しに喜べないというか、内心複雑なものがあるというか。
「どうしたの? 嬉しくない?」
クノンは案じた。
なんとも言えない微妙な顔をしているセララフィラを。
「嬉しくない、わけではないんですが……」
少し迷ったセララフィラは、本心をそのまま述べることにした。
クノンは自分の先を行っている魔術師だ。
ならば、今己が抱く気持ちも、わかるかもしれない。
「嬉しさより、改善案の方が強く主張してくるのです。試したいこともたくさん浮かんできて。
これ完成したんですよね? そう思ったらわたくし、もう次のことを考えていまして……」
次のこと。
セララフィラはすでに考えている。
次はどんな家を作ろうか、どんな術式を試そうか、と。
一緒にやってきたクノンと、喜びを分かち合えない。
そんなことさえ思っていたが。
「わかる! 僕もだよ!」
愚問だった。
「僕ほんとはこの技術を使って違うことしたいんだよね! 今そっちのことで頭いっぱいなんだ! ごめんね、この家でセララフィラ嬢と一緒に住むこととか考えられなくて!」
同じだった。
いや、同じどころか。
クノンはセララフィラよりもっと先のことを考えていた。
すでに心はここになかったようだ。
「――さすがクノン先輩だわ。いつもわたくしの先を行っていますわね」
「調和の派閥」の先輩方はすごかった。
だが、やはりこの人も、負けず劣らずすごかった。
特級クラスはこんな人がごろごろいるのか。
そう思ったら、セララフィラはわくわくしてきた。
セララフィラ・クォーツ。
魔術学校に入学して、約一ヵ月と半分。
ようやく、魔術のための生活ではなくなってきた。
魔術のための生活ではなく。
生活の全てが、魔術に染まってきた。
魔術は面白い。
魔術の可能性が面白い。
思いつく限りのことを、試したくて仕方ない。
今すぐにでも。