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184.四角四角





「――あ、いたいた」


 クノンはようやく目当ての人を見つけた。


「あ、クノン先輩。ごきげんよう」


 セララフィラである。

 彼女は図書館で本を選んでいた。


「ごきげんよう、こんにちは。可憐すぎて一瞬本の妖精が現れたのかと思ったけどセララフィラ嬢本人でよかったよ」


「あら。わたくしも素敵なステッキを持った紳士が現れたかと思ったらクノン先輩だったと思ったところですわ」


 出会い頭にそんな挨拶を交わすが。

 お互い、特に意味も中身もない、ぺらっぺらの実に薄い発言であった。


「さっきレイエス嬢のところに顔を出したんだ。君、二、三日は調べ物をしてから仕事をするって返答したんでしょ?」


 言いながらクノンは歩みより、セララフィラが抱えている本を見る。


「土魔術を使った建設関係だね?」


「はい。もう何冊か見つけたら、持って帰って読もうと思っています」


「そうなんだ」


 実力もそうだし、経験もそうだし。


 まだまだ色々と足りないセララフィラは、聖女の仕事をこなすために、やり方を調べにやってきたのだ。


 安易に誰かに問わず、自分で調べようとする辺り。

 彼女もまた魔術師向きの性格をしている。


 仕事にはちゃんと責任を持って当たりたいのだろう。


「似たような本、どこかで見た気がするなぁ。でね――」


 ここは何度も来ているし、何度も見てきた本棚の場所だ。

 まだ図書館の奥までは行っていないが、手前の本棚なら、多少はわかる。


 クノンは自然とセララフィラの探し物に付き合いつつ、思いついたことをつらつら話し出した。


「――えっと……細かい部分を端折られたので、はっきりしないお話でしたが……


 とりあえず、先輩は今わたくしの仕事っぷりを見ておきたい、ということでよろしいでしょうか?」


 アイデアはお金になる。

 だからクノンは、安易に話せず、大事なところをぼかして伝えた。


 ぼかしすぎてあまり伝わっていないかもしれないが。


 結局どうするか。

 それが伝わっているなら充分だ。


 クノンの読みでは、思いついたアイデアは、かなり大きな仕事になる可能性がある。


「実力」代表ベイルも手放しで「面白い」と言ってくれた。

 だから、少なからず需要もあるだろう。


 現段階では、セララフィラの腕が重要なのだ。


 果たして聖女の仕事をこなせるかどうか。

 どのくらいのレベルで完遂するか。


 その辺が大事になってくる。


 要は、セララフィラのために持ってきた話ではあるが。

 実際問題、当人の実力はどれくらいのものなんだ、ということである。


 実力を確かめて、それから話す。

 それでも遅くないだろう。


「ちゃんとできるようなら、仕事がある。思いついたから」


「へえ。……お金になります?」


「なると思うよ。最初はそうでもないかもしれないけど、軌道に乗ったらすぐに。行く行くは大きな市場になりそうな気がするんだ」


 ゼオンリー辺りに伝えれば、きっと。

 あの人なら、一週間くらいでとんでもない物を作り上げそうな気がする。


 まあ、こちらで成功したら、手紙ででも伝えたいとは思っているが。


 ゼオンリーに預ければ、きっとクノンらとは違う方向に発展させてくれるだろう。


 無論アイデアが気に入ったら、の話だが。


 ――いや、無用の心配か。


 師をよく知るクノンは、あの人なら絶対に気に入るだろうと確信を持っている。


「クノン先輩がわたくしに付いていてくれるなら、頼もしい限りです。

 でも、わたくしは構いませんが、レイエス先輩が見学を許可するかはわかりませんわよ?」


 何せ作るのは、秘密の地下温室である。

 秘密というだけに、知る者はかなり限定されるそうだ。


 そんな秘密の現場に、部外者を入れるかどうか。


「そこは頼み込むだけだよ」


「頼み込む。なるほど、正攻法ですわね」





 それから二日。


 本を読み、地下に部屋を作る方法を調べたセララフィラは。

 学校の敷地の誰も来ないような片隅で、穴掘りの練習をした。


 土魔術の基礎である「砂上下(サ・コラ)」。

 地面を盛り上げたり下げたりする、という基本の魔術。


 これを使って部屋を作る、という方法が乗っていた。


砂上下(サ・コラ)」は基礎の魔術である。

 水属性で言うところの「水球(ア・オリ)」である。


 それだけに、セララフィラも習得はしていた。

 一番最初に覚えた魔術でもある。


 ――特級クラスの実態を知った今は、本当は習得などしていないと悟っているが。


 習得するとは、もっと奥が深い意味を含めたものだ。 

 今は「使えるだけ」と表したい。


砂上下(サ・コラ)」を使って、地面を正方形に抉る。


 何度も何度も繰り返す。

 正方形から長方形、円形など。

 満足できる形になるまで、ひたすら練習を兼ねて繰り返した。


 最終的に、「砂上下(サ・コラ)」で階段を作り。

 地下に長方形の部屋を作ることに成功した。


砂硬度(サ・グゥケ)」を使い、土の壁や天井が崩れないよう硬くする。

 土を硬くしたり柔らかくしたりする初歩的魔術だ。


「――いいんじゃない?」


 一緒に地下に降りたクノンは、ちゃんとできていることを確認する。


 壁、天井、床。

 土とは思えないほどガチガチで、煉瓦のように固い。


 これなら崩落の心配もなさそうだ。


「地下に部屋を作る場合、換気口なども必要らしいのですが。レイエス先輩が求めているのは、これくらい浅くて簡単なものでいいようでして」


 地下倉庫程度のものでいい、と言っていた。

 あくまでも植物を育てるだけだし、必要以上の機能や仕掛けはいらない、と。


 その代わり早く作れと。

 そう言われている。


「ねえセララフィラ嬢」


「はい?」


「この辺に椅子を作ってみて」


「椅子?」


 この二日。

 セララフィラとクノンは、学校ではほとんど一緒に過ごした。


 時々こんなわけのわからないことを言うが。

 やってみると、それはそれで面白いので、できるだけ言うことを聞いてきた。


「……こうですか?」


 正方形の何もない地下室に。

 腰を下ろすに丁度いい、正方形の箱が、地面からせり上がってきた。 


「うん」


 クノンはそれに座り、部屋の隅を見た。


「ベッドはあっちの壁際がいいなぁ」


「は、はあ……」


 なんだかよくわからないが。

 セララフィラはクノンの言葉に従い、部屋の中に家具を作っていく。


 タンス。

 本棚。

 テーブルと椅子。

 鏡のない鏡台。

 ドア。

 部屋を仕切る壁に、風呂場。浴槽。


 土一色の地下室に、土色で統一した部屋が完成した。


「セララフィラ嬢のセンスって面白いね。全部四角なんだね」


「四角が一番作りやすいんです。……まだ不慣れなので」


 初歩魔術の二つを駆使し、こんな部屋ができた。


 全部四角だ。

 椅子も、テーブルも四角の集合体だ。


 どこにも丸みがない。

 だから無機物感が非常に強い。


 しかし、これはこれで嫌いじゃない部屋だ。

 自分で作ったと思うと、その気持ちもひとしおだ。


 セララフィラが知らなかった己の魔術の可能性が、ここにあった。


「今ならクノン先輩のすごさと、やってきたことの意味がわかる気がしますわ」


 しつこいほど「水球(ア・オリ)」を……初歩魔術を追求してきたというクノン。


 話を聞いた当初は、正直、どうしてそこまで一つの魔術にこだわるのか。

 そう思っていた。


 初歩の魔術などそんなに使う機会もないだろうに、と。

 

 ――違う。


 この二日、必死で初歩魔術をこねくり回してきた。

 そして知った。


 本当の魔術は、奥が深いなんてレベルじゃない。

 こんなの底なしじゃないか。


 どこまで追及しても興味が尽きなくなるじゃないか、と。


「土はやっぱり面白いね。細工物って永遠に残せるから、個々のこだわりも強く出る。水だと維持にも限界があるから。


 ――君なら大丈夫そうだし、そろそろレイエス嬢の仕事をしに行こうか」


「大丈夫そう?」


 前に話していた仕事のことかな、とは思ったが。


 今は聖女の仕事に集中したいので、セララフィラは何も聞かなかった。




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