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179.紹介したい人





「まず考えられるのは、宝石や金属関係だね」


 土属性と言えば、やはりここらの例が頭に浮かぶ。


 土魔術は、大地に関わる魔術である。

 土は当然として、石や岩にも影響を与える。


 始めてセララフィラと会ったあの日、クノンはこの辺の話をした。


 高位貴族の娘であるセララフィラである。


 たとえ子供であっても、たくさんのアクセサリーを見てきたはずだ。

 本人もいくつか所持していてもおかしくない。


「自分でデザインできる、細工できる。確かに魅力的ですわね」


 ――土魔術は装飾品を作れる。


 大まかにだが、それくらいは知っていたセララフィラだが。


 クノンの話は具体的だったのだ。


 やれ帝国の誰それが持つあの指輪は、だの。

 新王国の王族は、お抱えの凄腕の土魔術師をデザイナーとして雇っている、だの。


 そんな話を例に挙げられた。

 実際セララフィラも知っている装飾品が幾つかあったのだ。


 幼心に見事なアクセサリーだと思った。

 その印象が強かっただけに、よく憶えていた。


 まさか土魔術師の仕事だとは思わなかった。

 魔術であんなものが作れるのか、と驚いたものだ。


「でも正直、そっち方面は供給過多って感じだね」


 クノンの言葉に、セララフィラも頷く。


「考える事は皆一緒、ということですわね」


 土魔術と言えばこれ。

 パッと浮かぶその案は、誰もが考えることである。


 その結果、ディラシックでは土魔術師の仕事は、やや取り合いになっている。


 何せ宝石や貴金属である。

 そう日常的に売れるものではないし、安売りするわけにもいかない。

 だから仕事の数そのものがあまり多くないのだ。


 金属の細工物にしてもそうだ。

 そちらは競争率が高い。


 腕が良ければ売れるだろうが――駆け出しの土魔術師がすぐ稼ぐには難しいだろう。


「建築関係も需要があるそうだけど、ちょっと安いみたい」


「加えて短期のお仕事ばかりになりそうですわね」


 一時しのぎにしかならない、ということだ。


 セララフィラはこれから数年はここで過ごすことになる。

 できることなら、長く続けられる仕事がいい。


 もっと言うと。


 楽して拘束時間が短くて高収入、というのが理想だ。


 高望みかもしれないが――クノンや他の特級生徒の多くが、それを実現しているのである。 


 決して無理な望みではないのである。





 喫茶店に居座り、随分長く話し込んだ。


 しかし、なかなか結論は出ない。


「僕の師匠は魔道具方面でお金を作ってたみたいだけど、これもすぐ稼げるって仕事じゃないかな」


「金でも銀でも宝石でも。鉱脈なんて見つけたところで、その地の支配者が権利を主張するだけですものねぇ」


「加工関係は、腕のいい人が仕事を独占って感じみたいだよ」


「貴族に卸すほどの腕の方もいらっしゃるのでしょう? 素人が参入しても……」


 ああでもないこうでもない、と。


 器具や用具を作る。

 こういう単発の仕事はいくつかできそうだが。


 継続して稼げるかと問われれば、難しい。


 第一に、だ。


「やはりわたくしの腕が足りないのがネックですわね……」


 今のセララフィラは、特級クラスに入りたて。

 その程度の実力しかないのだ。


 単純に言えば。

 セララフィラができることは、ほかの魔術師もできるのである。


 そう考えると、今すぐ仕事を思いついても、すぐ奪われそうな気がする。


 楽して拘束時間が短くて高収入。

 そんなのみんな欲しいに決まっているのだから。


 クノンは自分しか使えない魔術で生計を立てている。

 今のところ誰かに奪われる気配はないようだが、次の手もすでに考えているというのだから、抜け目がない。


 きっと他の特級クラスの生徒も同じだろう。

 自分しかできないことで、楽して拘束時間が短くて高収入の仕事をしているのだ。


「…………」


「…………」


 いろんな意見を交わした後。

 今度は二人揃って黙って考え込む。


 注文したリリ茶は波一つ立てず。

 すっかり冷めきっていた。


 いよいよ交わす言葉が見つからなくなってきた頃。


「……一つ思い浮かんだことがあるんだけど」


 クノンが口を開いた。


「必要なのは守秘義務なんだ。セララフィラ嬢なら、契約の重要性はわかってるよね?」


 貴族社会は契約で成り立っている。

 これを疎かにする者は、かならず没する。


 軽い口調で問われたが、その言葉の意味は重い。


「ええ、守秘義務と言えばわたくしですわ。わたくしの口は歯を折るために存在する堅パンより堅いと評判ですのよ?」


 なら安心だな、とクノンは思った。


 歯を折るために存在する堅パンという表現も気に入った。

 自分も昔似たようなことを言った気がするし。


「じゃあ行こうか。ある人に紹介するから」


「ある人? クノン先輩のご両親?」


「僕の同期だよ」


 まだ向こうの計画は動いていないはずだ。

 だが、これがきっかけで動き出すかもしれない。


「僕の両親はまた今度ね。いきなり君のような素敵なレディを紹介したら、腰が抜けるほど驚くだろうからね」


 ――気軽に紹介した相手が、帝国で有名なクォーツ家の娘。そんなの違う意味で驚くだろう。





「こんにちは、レイエス嬢」


 クノンらがやってきたのは、学校。

 聖女の教室である。


「こんにちは、クノン。そちらの方は?」


 教室中に置かれた緑。

 それに囲まれ本を読んでいた聖女。


 最近はもう見慣れた、いつも通りの彼女の姿と彼女の居場所である。


「――初めまして、セララフィラと申します」


 と、自己紹介を終えて。


「レイエス嬢、あの話って進んでる?」


「どの話です?」


 感情の乏しい聖女は、回りくどい言い方をしても通じない。

 だから単刀直入である。


「温室を作りたいって話」


「秘密の守れる土魔術師を確保できればすぐにでも進めたいところですが。……もしやセララフィラを?」


「そのつもりで連れてきた。報酬は払える?」


「余裕はあります。報酬は二百万ネッカ。着手で五十万ネッカ、完成で残り百五十万ネッカを。

 以後維持・整備費に月二十万ネッカを用意します」


 一年前の今頃。

 聖女は金銭面でかなり困っていたが。


 霊草シ・シルラ関係の取引で成功した今、生活の余裕があり、更に貯金までできている。


 あの頃の彼女とは違うのだ。

 もう失敗ベーコンで飢えをしのいでいたあの頃の彼女とは違うのだ。


 それはそれで少し寂しい気はするが。


「ええと……つまり、わたくしに温室を作れ、と?」


 セララフィラは戸惑っていた。


 温室は建造物だ。

 温室を作りたい、と簡単に言ってくれるが、あれは緻密な計算で成り立っている。


 果たして建築も素人のセララフィラに作れるかと言われると……


「わたくしにはそれは無理かと……」


 自信がない。

 きっと実力も足りない。


 今から温室の作り方を学ぶ時間はない。

 その前に、生活費が尽きるだろう。


 仮に学んだところで。

 いきなり作れるかと言われると、それも疑問だ。


 見てくれはできるかもしれないが、見てくれだけでは駄目だろう。


「作るのは温室ですが、ただの温室ではないのです」


 戸惑うセララフィラに、聖女は言った。


「秘密の地下温室です」


「え? ち、地下?」


「ええ。私だけの秘密の地下温室を作りたいのです」




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