173.屈辱のエスコート
がっかりしているクノンを無視し、がっかりチームはすぐに動き出した。
まず、「合理の派閥」の拠点に入り、地下を目指すのだ。
特級クラスの生徒なら、なかなか気になる五人組である。
しかし、まだ朝が早い。
どこを見ても人の気配はなく、誰に見られることもなく歩き続ける。
「――
その最中、ルルォメットは訝しげな声を漏らす。
この男臭いメンツで、真っ先に問題になったこと。
それは情報の共有をどうするか、だ。
クノンが提示した「サーフとシロトをチェンジするのはどうか?」は愚問なので省く。
「もし私を見て属性に気づかないようなら話すことはなかったが、すぐに気づいたからね」
クラヴィスは穏やかに言った。
教師であるキーブン、サーフ、クラヴィス。
生徒であるクノン、ルルォメット。
この五人のメンツにおいて。
今回の騒動の詳細を知らないのは、ルルォメットだけである。
――あの大樹は、いずれ魔術学校の生徒たちの実験サンプルになる存在である。
だからいずれ知られることなのだ。
ただ、ルルォメットは少しだけ早めに知ることになった。それだけの話だ。
「やはり派閥のリーダーは違うね。君になら話しても問題なさそうだ」
――多くは語らないが。
クラヴィスは、ルルォメットの判断を高く評価していた。
光る植物に手を出さなかったこと。
無理に追うことなく引き返し、その情報を悪戯に広めなかったこと。
すぐに教師案件とし、話を手放す決断をしたこと。
植物が貴重な物と考えた。
あるいは普段にない現象に対し慎重になったのだ。
素晴らしい判断だ。
功を焦る十代の魔術師にはない、思慮深い判断だ、と。
実際会って納得した。
ルルォメットになら話してもいいと考えた。
「――聖女が育てた? まさか……いえ、
理解も早い。
信じがたい話だが、教師が動いている以上嘘ではないとすぐに察したのだ。
ついでに言うと。
彼はあの森が異様であることも、薄々気づいていたからだろう。
そんな会話を交わす二人の声を聞きながら、地下へ向かう階段を下りる。
「地下二階くらいまでは利用しています。まあ地下は倉庫扱いですが」
出入り口のある一階と、地下一階。
それらは居住や実験室を想定して、わかりやすい造りになっている。
しかし、地下二階以降は、単純な迷宮である。
そう、ダンジョンなのである。
だが「合理」の生徒は、置き場所に困る物が多々あるらしく。
物置代わりに、地下に放置する者が後を絶たない。
何年も前からだ。
何代も前からのガラクタが溜まっているのだ。
そのせいで、通路中に物が散乱している。
なかなか見るに堪えない惨状だ。
「サーフ先生はなぜ女性じゃないんですか?」
「この世の真理みたいなことを聞かれても困る」
大小問わず。
とかく障害物が多いせいで歩きづらいクノンは、サーフに手を引かれている。
チームの男臭さにがっかりしている上に、男にエスコートされている。
クノンの絶望は深い。
――最初は飛ぼうとしたのだ。
だが、この先どれほどの長丁場になるかわからない。
温存できる魔力は温存するべきだ。
クノンもそう思う。
だから大人しく歩いている。エスコートされて。
「――それにしても、神花ですか……私の想像以上に貴重な物だったんですね」
移動しながら詳細を聞いたルルォメットは、若干冷や汗が出てきた。
数日前の己の判断は正しかった。
どこまでも正しかった。
下手に手を出して台無しにしていたら、悔やんでも悔やみきれなかった、と。
神花。
本当に、御伽噺でしかお目に掛かれないような存在なのである。
そんな物が、ちょっと手を伸ばせば届きそうな場所にあった。
もし強引に手に入れようと考えていたら、取り返しのつかない大惨事になっていたかもしれない。
いろんな意味で怖い話だった。
神花が相手だけに、無知とは言いたくないが。
知らないとは罪深いことだと思った。
「まあ、恐らく瀕死だろうね」
「「は?」」
ルルォメットとともに、クノンも反応した。
クラヴィスとルルォメットが話していただけだったのだが。
さすがにその言葉は、クノンも聞き捨てならなかった。
――ちなみに、この話を聞いた時は、キーブンもサーフもちゃんと驚いた。
「瀕死って? 神花が?」
「そうだよ。まだ生まれたてだから、力の使い方が上手くないんだ。力を使いすぎてどこかで倒れて……いや、萎れているんじゃないかな。
地上ならまだ回復する手段もあっただろうけど、地下だからなぁ」
力を使いすぎて。
思い当たることと言えば。
地面に穴を空けたことと、足跡が緑化すること。
それと、自身が光ること、だろうか。
「クラヴィス先生は詳しいんですね」
ルルォメットは、神花に関わる文献なんて見たことがない。クノンもだ。
それなのに、彼は明らかに知っているようだ。
「無駄に長生きだけはしているから。無駄な知識があるだけだよ」
姿も声も若々しいクラヴィスなのに。
その言葉には、どこか老齢を感じさせる響きがあった。
地下三階まで下りてきた。
「別にサーフ先生って意外と力があって頼りがいがあって頼もしいとか思ってませんからね」
「はいはい」
「紳士ぶりなら負けてないですからね」
「はいはい」
男にエスコートされるという屈辱を味わっていたクノンが、ようやく解放され。
文句を言っているが。
ここから捜索開始である。
クラヴィスとルルォメットの話ももう終わっているので、しばらくは移動に専念することになる。
ここからは、石積みの迷宮が続くのみ。
物が置かれていることもないし、生物も存在しない。
ひどく暗くて不気味ではあるが、迷宮としての危険はほぼない。
壁の至る処に印が付けてあるからだ。
それらは、登り階段と下り階段への道を示している。
この迷宮はあくまでも人工ダンジョン。
迷路ではあるが、実際人が迷うことは想定していないのだ。
うっかりここまで来た者がいても、自力で帰れるようになっている。
ちなみに罠の類もない。
空き部屋はあるが、基本は通路ばかりである。
「障害物はないですか?」
「大丈夫だ」
クノンの問いに、サーフが答えた。
ここまでの乱雑具合を考えると疑いたくもなるが。
ここからは本当に通路だけだ。
ランプの明かりでは心許ない、見通せない暗闇が目の前にあるだけだ。
「それじゃ――少しお待ちくださいね」
さあ、ここからはクノンの出番だ。
クノンが同行を許された理由は、ダンジョンで役に立つと説得したからだ。
猛アピールして連れてきてもらったのだ。
それを証明する時が来たのだ。
「それっ」
暗闇に向けたクノンの左手。
そこから、無数の小さな「水球」が生まれて床に零れていく。
それらは重量を感じさせない動きで、床や壁をぽんぽん弾みながら、奥へ奥へと転がっていく。
どんどん「水球」が生まれて。
暗闇へと進んでいく。
「あ、もうよさそうです」
奥へ行った「水球」が、どこかへ
下へ向かう階段を見つけたのだ。
クノンは右手の杖を上げ、床を一度突いた。
「――凍結」
ビシッ、と水がきしむ音がした。
奥へ消えていった無数の「水球」が一瞬で集まり、水になり、凍る。
足りない水分を少し足して、完成だ。
「では行きましょうか」
クノンは靴底にソリを作り。
教師たちは、即席で作った「
完成した氷の道を、かなりの速度で滑り出した。