171.光る植物の行方
「それで、その光る植物はどうなったのですか?」
一通り話を聞いた聖女は、そう聞いた。
光る植物の足跡が、緑になる。
それを追ってルルォメットは奥へ奥へと向かった。
そのルルォメットが、今ここにいるわけだ。
問題は解決した。
その報告は聖女も聞いている。
つまり、地下施設の植物は排除されたということ。
ということは、問題の根源をどうにかした、という意味に他ならない。
果たして追いついたのか。
確保したのか。
あるいは、燃やすなり切るなり引っこ抜くなりで仕留めてしまったのか。
もしかしたら今すぐ自分にプレゼントしてくれたりして。
――いや。
ルルォメットは思慮深く、優秀な魔術師だ。
もし謎を見つけたら、そう簡単に排することは選ばない。クノンじゃないので軽々しく女性にプレゼントもしない。
多少被害や不利益を被ってでも、謎の解明に臨むだろう。
だから、軽率に手は出さないはず。
「見失ったのだと思います。植物が途切れたので、引き返してきました。
私がここに来てあなたに話している理由も、そこにあります」
聖女も、大人しく聞いているクノンも、ピンと来た。
「それってチャンスじゃないですか!?」
しかもクノンは興奮したので、口に出した。
「出入り口を塞いだのなら、その光る植物は地下にいるって確定してませんか!?」
逃げ道を塞いだ、という形である。
「あるいはまた穴を空けてどこかへ……という可能性もありますが、まあそちらはないでしょう」
――何しろ古い地下施設である。
「合理の派閥」の拠点は、人工ダンジョンである。
今や底を知らない者しかいないくらい深く、広大な施設となっている。
魔的要素で頑丈にはしてあるが。
それでも、崩落や崩壊の可能性はどうしても残ってしまう。
実は、もしダンジョンが形を変える……一部でも崩れたり壊れたりした場合、警告が鳴るよう仕掛けがしてあるのだ。
ここは魔術学校。
何があるかわからない場所だ。
今回だって、予想だにしない事故でダンジョンに穴が空いたのだ。
考えられる安全策はちゃんと取ってある。
という説明を長々する気はないので、ルルォメットは証言だけした。
――また穴が空いた事実はない、と。
「つまり、クノンの言う通りである可能性が高いのです。光る植物はまだ地下にいるはずです」
確かにそうだな、と聖女は思った。
興奮しているクノンは、更にその先を考えていた。
「それってまずくないですか?」
「わかります?」
緑化が止まったから、問題は解決した。
それが今の状態。
しかし、元凶は地下に残ったままであるとか。
ならば根本的な問題は解決していないということになる。
「今こうしている瞬間も、地下では緑化が進んでいる可能性があります。浅い階層にはないが、深層では細々と……」
「あるいは大胆に緑化が進んでいる?」
クノンが言った。
大胆である必要はないが、ルルォメットは「そうです」と答えた。
「大変じゃないですか!」
眼帯で見えないはずのクノンの両目がキラキラ輝いて見える。
「それはもう確保しに行くしかないですよ! 輝きを放つ淑女がごとき植物が紳士のお迎えを待っているってことですよ!」
――そう結論が出るよな、とルルォメットは思った。淑女とか紳士は知らないが。
そう、ルルォメットの最終的な目標はそこになる。
どうしてもあれを確保したいのだ。
もちろん、地下に放置するのが怖いという理由も含めて。
光る植物。
足跡が緑化する生物。
聞いたこともない存在である。
気にならないわけがない。
きっと魔的要素を大いに含む、貴重な物に違いない。
だからこそ、少しでも情報が欲しかった。
軽はずみに手を出して、一生失われるような結果に終わっては目も当てられない。
確実に確保したい。
その際、自分がそこにいなくてもいい。
この話、ルルォメットは教師にまで話を持って行こうと思っている。
己の欲は一旦置いておく。
最優先されるべきは、貴重な素材の確保である。
たとえ自分の手に入らなくとも。
それの情報さえあれば、次の機会には入手できるかもしれない。
今はそれでいいのだ。
最悪なのが、些細なミスでそれが一生失われることだ。
今後の魔術師界に関わる損害である。
――ただ、知りたかった。
あとは教師たちに任せることになりそうだが。
だが、せめて、ほんの少しでいいから、知ることくらいは許してほしい。
あの植物が何なのか。
果たして本当に植物なのか。
そんな些細なことでも知りたいのだ。
「どうですか? レイエス。心当たりはありますか? あの森とも関係があるのではないかと私は思っていますが」
話を振られ、聖女は答えた。
「心当たりはありますが、確証はありません」
光る植物。
きっと神花のことだろう、と聖女も考えている。
あれだけ森を探しても見つからない。
それは、神花が逃げているから。
その結果、「合理の派閥」の拠点にまで逃げてしまった。
きっとそういうことなのだろう、と。
「加えて、それに対する情報提供を禁じられていますので、私からは何も言えません」
あの森――
当然、森の中の情報も話せない。
クノンは事情を知っている例外だが、それ以外は他言無用の対象である。
「そうですか。
あの森の調査に入っている唯一の生徒があなたなので、きっと心当たりがあるのだろうと思っていました。
そして、守秘義務があるだろうとも」
その辺はルルォメットの予想通りだった。
だがそれでもだ。
それでも、教師よりは聖女の方が、まだ情報を漏らす可能性が高いと思っていた。
現に彼女は、「心当たりはある」とはっきり言った。
それ自体も貴重な情報である。
「あ、じゃあじゃあ! 先輩、僕らも捜索隊に立候補しましょうよ!」
「え?」
クノンの前向きすぎる発言は、さすがに予想していなかった。
だが、そう。
詳細は知らされないまでも、捜索隊の立候補はできる。
ダメで元々だ。
提案するだけなら損もない。
いや、冷静に考えると。
むしろ勝算がある。
緑化が止まった場所……
つまり光る植物を見失ったポイントを、ルルォメットは知っている。
道案内は必要だろう。
人工で生物はいないとはいえ、地下はダンジョンだ。
下手に歩き回ればすぐ迷う。
いや、迷わないようにはなっているが。
それも最低限道がわかるようになっているだけの話だ。
「当たり前すぎでちょっとなかった発想ですね。ぜひそうしましょう」
あとは教師たちに任せるつもりだった。
だから考えもしなかった。
早速ルルォメットは、教師たちに交渉しに行くことにした。
この後。
ルルォメットは交渉を成功させて、光る植物捜索隊の一人に採用される。
そして、なぜか同行して交渉したクノンも採用された。
「僕がいると色々楽ですよ」といくつか提案が上がり、それが決め手となった。
ルルォメットは思った。
往生際が悪いのは嫌いだが、人間時にはしつこくねばるのも大事なのかもしれない、と。
――まあ、ともかく。
翌日より、人工ダンジョンの探索が決定した。