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167.日常茶飯事の大事





「――あ、クノン君!」


 セララフィラの家を辞し、学校へ戻ってきた。


 まだ朝である。

 クノンとエルヴァが魔術学校へやってきたところ、何人かの生徒が走り回っていた。


 何かあったことはわかった。

 まあ、ここで何かあることなんて、日常茶飯事だが。


 だが詳細はわからない。


 さて誰か捕まえようか、と思ったところで、向こうからやってきた。


「何かあったの? リーヤ」


 声を掛けて近寄ってきたのは、クノンの同期リーヤ・ホースだ。


「僕も知ったばかりなんだけど、ありすぎた(・・・・・)みたいで!」


 ありすぎた。

 あったのではなく、ありすぎた。


「随分わくわくさせてくれる言葉だね。素敵だよ。君が女性だったらと願わずにはいられないくらい」


「いやそれはいらない。そもそも僕は話の中心にいないし」


 まあ、受け入れられても困るが。

 クノンも言ってみただけだ。


「何があったの? 私は関係ある?」


 エルヴァが問うと、リーヤは「わかりませんけど」と前置きして。


「まず、ここ数日、聖女レイエスさんが行方不明になっていたみたいで」


「「えっ」」


 のっけから衝撃の情報だった。


 行方不明。

 最近流行っているのだろうか。


 遠征に同行したセララフィラも、あの老執事から見たら、行方不明同然だった。


 行方不明はちまたにあふれているらしい。


「レイエス嬢はどうなったの!?」


 だが、さすがに一年の付き合いがある聖女の話。

 しかも「遠征に行った」という前情報もなく、何一つ詳細を知らない話である。


 それだけに、クノンは一瞬で嫌な汗を掻くほど焦り、心配に胸を痛めていた。


「あ、うん。無事だよ。別に怪我もないし。

 そもそも見つかったから行方不明だったことが露呈したって感じで」


 つまり。

 誰も聖女が行方不明だったことに気づいていなかった、と。


 ――クノン自身もそうだったので、その点には何も言えない。


「それで、聖女は今どこに?」


 エルヴァが問うと、「今頃は自分の教室に戻ってるはずですよ。数日植物の世話ができなかった、と言ってましたので」と。


 ひとまず本当に問題はなさそうな。

 いつもの聖女らしいと思える返答が来たので、ほっとした。


 聖女は無事だ。

 無事だし、ぶれてもいない。


「それでね、話はここからで――」


「リーヤ君!」


 更に続けようとしたところで、可憐な少年が駆け込んできた。


「代表は見つけた!?」


「合理の派閥」のカシスである。

 今日もミニスカートから覗く太腿が眩しい。


「先輩。お久しぶりです」


「久しぶり! でも今余裕ないから後でね!」


 クノンが挨拶すると、一応相手はしてくれたが。

 話をする気はないようだ。


 その辺を走り回っている生徒たち同様、彼も忙しそうである。


「何があったの?」


 エルヴァが普通に問うと――カシスはまじまじと彼女を見た。


 この二人、付き合いはない。

 カシスは人見知りするし、属性も派閥も違うので、これまで接点がなかったのだ。


 そう、この時までは。

 

「土だ」


「は?」


「土属性、手伝って! ちょっと大事になりそうなの!」


「大事、って……いや、手伝うのはいいんだけど。何の話かがわからないのよ」


 魔術学校には事件は付き物だ。

 応援要請が入るのも、珍しいことではない。


 ただ、話がわからないと、手の貸しようがない。


 カシスは「合理」で。

 エルヴァは「調和」だ。


 派閥を越えての要請となれば、猶更慎重にならざるを得ない。


 自分たちの派閥だけでは解決しない。

 それは、大事件である可能性が高いから。





「手短に説明するわよ。詳しくは私も知らないし、きちんとした調査もこれから始まるから。

 私の推測も入ってるし、間違いもあるかもしれないけど。

 でも、一応指針として聞いて」


 そんな念入りな前置きをして、カシスは言った。


「ここ二、三日くらい、聖女レイエスが行方不明になってたのよ」


 それは聞いた、とばかりにクノンとエルヴァは頷く。


「まあ行方不明なんて特級クラスには珍しくもないし、大したことじゃないし。それだけならどうでもいいんだけど」


 突発的にフィールドワークに出て、泊まりがけになる。

 確かによくあることである。 


「問題は、聖女が出てきた場所なのよ」


 場所。


「彼女ね、『合理の派閥』の地下から出てきたのよ」


「地下、って……あの拠点にしてる人工ダンジョンから?」


「そう。突然下から(・・・)やってきたのよ」


 それは、つまり――


 頭の回転が速いクノンとエルヴァは、この辺りで話が見えてきた。


「僕、レイエス嬢はあの森の調査をしてると認識してました」


 少し前の情報だ。

 それこそ二週間前に、聖女本人から聞いた話だ。

 一緒に行きたかったが断られたので、そういう意味でも忘れもしない話だ。


 それ以降、全く会えていない。

 噂でも続報が耳に入らなかったので、クノンはまだ、聖女は調査を続けていると思っていた。


 今日明日にも会いに行っていたとは思う。

 何事もなければ。


 突然発生したあの森。

 霊樹輝魂樹(キラヴィラ)が芽吹いたことが原因であり、まだまだ謎の多い場所となっている。


 そして。

 もし、今も聖女は森の調査をしている段階であるなら。


 聖女は森の調査をしていて。

 そのまま行方不明になり。

 数日後、「合理の派閥」の拠点から現れたことになる。


 つまり――


「もしかして、あの森と人工ダンジョンが地下で繋がっている……?」


 エルヴァも同じ結論に至ったようだ。


「それだけならまだいいでしょ」


 カシスは深刻な顔で言った。


「あの森、植物の成長速度が異常でしょ?

 それが原因で、森とダンジョンが繋がったとして。


 もし植物がそのまま成長して行ったら、どうなると思う?」


 ――どうなると思う?


「レイエス嬢が狂喜乱舞する植物に満ちた地下帝国が誕生……?」


「クノン君。今そういう面白くしたい答えはいらない」


 いつものつんけんした彼ではなく。

 大真面目なカシスに注意された。


 ――真面目な女性もいいな、とクノンは思った。彼は男だが心は女性である。


「まあクノンの言い方はともかく、地下全体に植物が広がる可能性はある……というか、可能性は高いというか。

 ……すでになってるかも、というか?」


 探り探りに言うエルヴァに、カシスは神妙に頷いて見せた。


「今うちの代表もいなくてね、探してるんだけど……あの人もここ数日行方不明なのよね。誰も居場所を知らないの」


「合理」代表ルルォメットも行方不明らしい。

 やはり行方不明は流行っているようだ。


「一応解決案として、今すぐ植物を食い止めて、森と繋がっている部分を塞ぐって方向で話がまとまってるの。

 それに手を貸してほしいのよ」


 


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