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164.エルヴァの話





「――こちらがエルヴァ嬢です。エルヴァ嬢、この方がルージンさん。セララフィラ嬢の執事だって」


 クノンの行動は早かった。


 セララフィラ、ひいては女性の一大事ということで、行動は迅速だった。


 まだ朝で、まだ喫茶店である。

 一度店を出たクノンは、魔術学校の受付窓口でルーベラに頼み、エルヴァを呼んでもらったのだ。


 エルヴァはすぐに来てくれた。

 なお、最近は疲れていないようで、非常に美しい姿だ。


「初めまして」


「その節はお嬢様がお世話になりました」


 初対面の二人はそんな当たり障りのない挨拶を交わし、三人はテーブルに着いた。


「それでクノン、セララがどうかしたの?」


 ――エルヴァがすぐにやってきた理由。


 それは、「セララフィラの件で相談がある」と聞いたからだ。


 もしそれ以外の理由なら、これほど急ぐことはなかったかもしれない。

 なんなら「今すぐは無理だから日を改めて」とでも返答したかもしれない。


 単にクノンがお茶したいだけだと言っていたら……

 まあ、朝食がてら来たとは思うが。


 しかしそれなら、もう少しゆっくりやってきただろう。


 本当に、寝起きですぐにやってきたのだ。

 一応セララフィラに会うかもしれないので、恥ずかしくないよう最低限の身だしなみは整えてきたが。


 憧れのお姉さまとして、できる限り頑張っておきたいから。


「なんかね、遠征から帰って以来、セララフィラ嬢が部屋から出てこなくなったんだって」


「え? なんで?」


 エルヴァはきょとんとしている。


「もしかしてあまりに遠征が楽しかったから気が抜けたとか?」


 それが正解かどうかはともかくとして。


 エルヴァの反応を見るに、彼女にも心当たりはなさそうだ。


「実は――」


 と、エルヴァの反応を伺っていたルージンは、セララフィラの現状を説明した。


「そうですか……」


 エルヴァは思案気に眉を寄せる。


「遠征中は楽しそうだったし、問題があるようには見えなかったけどなぁ……」


「本当に? 急に泊まりがけの旅に誘拐……拉致……連れて行ったのではないのですかな?」


 なんだか物騒な言葉が並んだが、エルヴァは平然と「いいえ?」と答えた。


「まあ確かに出発時は少々強引でしたけど、どうしても帰りたいならいつでも家まで送るって言いましたよ?

 特級クラスでは泊まりがけで何かすることも多いって説明したら、早く慣れたいからぜひ同行したいって。健気で可愛いなぁってうちの派閥でも評判で」


 ――そうだろうな、とルージンは思った。


 うちのお嬢様は一見傲慢に見えるが割と健気で可愛いのだ、と。


 わかっているじゃないか、と。

 この女は信用できる、と。


「あ、派閥のことはまだ内緒なんですが。入学から一ヵ月は勧誘禁止なんで」


 遠征中も、あくまでも大きな一グループの集いということになっていた。

 派閥の話は誰も出していないはずだ。


 だが。

 あの様子なら「調和(うち)」に入るだろうな、とエルヴァは確信している。


 本当にセララフィラは可愛かった。


 一見高慢ちきで冷たそうな印象はあったし、お嬢様口調は身分格差を強調しているように感じたが。


 実際はそんなことはなかった。


 誰が相手でも気さくだし、雑用だって率先して引き受けていたし。

 わからないことや魔術について、よくエルヴァ含む諸先輩方の助言を仰いでいた。


 遠征中、かなり可愛がられていたと思う。 

 同じ土属性じゃないことを悔やむ者がいるほどだった。


 特に――


「私のことをエルヴァお姉さまって呼んで、慕っていましたよ」


 先の遠征。

 最初から最後まで、セララフィラの世話はエルヴァがしてきたつもりだ。


 まあ、上位貴族の娘にしては意外なほど根がしっかりしていたので、まったく手は掛からなかったが。


「……おねえさま……まあ、はい、わかりました」


 ――エルヴァが男じゃなくてよかった、とルージンは思うことにした。


 もし彼女が男だったら、ひとまず、ちゃんとお話(・・・・・・)しないといけないところだった。


 ……引っかかることがないとは言わないが、今はおいておく。


「では、お嬢様の異変は、遠征中に何かがあったからではない、ということですかな?」


「それは無理があるんじゃないですか?」


 と、言ったのはクノンである。


「僕は語れるほどセララフィラ嬢と接してませんけど、可愛いのは認めるし、誰だって何かないと引きこもりにはならないんじゃないですか?」


 それはそうだが。

 しかし、聞いた限りでは、問題があったとは思えない。


「というか、エルヴァ嬢が心当たりがないって言うなら、もう紳士的に正々堂々直接聞くしかないと思うんですけど」


 遠征中は問題なかった。

 遠征から帰ったら引きこもりになった。


 帰ってきてから家に帰るまでの間に、何かがあったのか。

 それとも予想もできない別要因があるのか。


 こうなったら、取れる手段は一つだろう。


「確かにそれが早いのは認めますが」


 ルージンは渋面で目を伏せる。


「私が何を聞こうとも、聞く耳を持たないようでして……」


 ルージンを始め、一緒に来た使用人まで、完全に拒絶されているのだ。


 当人に聞くのが早い。

 それができれば苦労しないし、ここで三人で相談もしていない。


「私から聞きましょうか?」


 エルヴァは当然のように言った。


「私だってセララのことは気に入ってるし、話を聞いた以上は心配ですし」


「何も話してくれないかと思われますが」


 生まれた時から一緒にいるルージンにさえ、口を閉ざしているのだ。


 たかが一、二週間一緒だっただけの他人に、大切なお嬢様が心を開くとは思えない。

 自分にさえ話さないのに。


「でも身内だからこそ話せないことってあるじゃないですか」


「――お願いします、エルヴァ様。一度セララフィラお嬢様とお話してください」


 身内だからこそ話せない。

 それはある、確かにそれはある、とルージンは思った。


「じゃあ早速行きましょうか」


 なぜかクノンまで席を立つ。


 相談した手前、「僕も心配なので」と言われると、強く断る理由が見つからず。

 結局三人で向かうことになった。


 そして――






 






「お嬢様、ちょっとよろしいですか?」


 ドアの前でルージンが呼びかけると。


「――放っておいてって言ったでしょ! 話しかけないで!」


 聞いていた通りである。

 セララフィラの返答とは思えないような怒声が帰ってきた。


「三日間、この通りでして」


 ルージンが溜息を吐く。


「いいですか?」


 ルージンに許可を得て、今度はエルヴァが声を掛けてみた。


「セララ? 私だけど」


 呼びかけた直後、バンと勢いよくドアが開かれた。


「エルヴァお姉さま!?」


 秒だった。

 秒殺でセララフィラが部屋から飛び出してきた。




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