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163.今回の相談





「もう誰に相談していいのか……唯一思い浮かんだのが、あなた様でした」


 初老の男性に二回も誘われたのは初めてです、と。


 そう言ったクノンへの返答がそれだった。


 クォーツ家の老執事と再会したのは、四日後。

「調和の派閥」の遠征が終わって三日経ってのことだった。


 前回同様、朝一番に校門で声を掛けられ。


「また相談がある」と言われ、有無を言わさぬ迫力で誘われ、喫茶店まで連れてこられた。


「帝国産の紅茶と小さなスコーンを。林檎のジャムはある? ない? じゃあ少しだけつけて。

 ルージンさんは? お茶だけ?」


 クノンの注文は軽快だ。


 もしや貯金全額ギャンブルで溶かしたのか。

 そう心配になるくらい深刻な顔の老執事を前にしても、普段通りである。


「――セララフィラ嬢のことですか?」


 従業員が離れたところで、クノンは切り出した。


「ルージンさんの相談もあったし、僕も彼女のことは気になってました。

 でも、遠征が終わってから会ってないですよ?」


 それはそうだろう。


「お嬢様は、帰ってから一度も登校しておりませんので……この三日間、お部屋から出てこないのです」


「え? なんで? 恋わずらい?」


 ――そうだったらまだいい、とルージンは思った。


 原因、あるいは元凶がわかれば。

 排除すればいいだけだ。


 だが、何もわからないから困っているのだ。


「今回の相談はそのことでして。しかしクノン様も原因には心当たりがなさそうですな」


 前回は、むしろクノンこそ犯人くらいの存在だったが。

 今回は、何も知らないようだ。


「部屋から出てこないんですか?」


「はい。呼びかけても『放っておいて』と叫ぶだけで……お嬢様は使用人に言葉を荒げたりはしませんでした。

 それなのに、帰ってからは怒鳴り散らかしてばかりで……」


「ふうん……なぜでしょうね。ほんとに恋わずらいじゃない?」


「私は違うと思いますな」


「――君はどう思う?」


 クノンは、注文した物を持ってきた従業員に問う。

 だが、前後の話を聞いていない彼女に「はい?」と聞き返された。


 彼女は二十前後くらいの、落ち着いた雰囲気の女性である。

 女性の意見を聞きたいところに、丁度良くそこにいた。ゆえの抜擢である。 


 実は、と簡単にセララフィラの状況を説明する。

 もちろん個人名は出さないで。


「恋わずらい? ……あくまでも私見ですが、恋してる女の子ってどこかしら幸せそうにも見えるんですよね」


 ほうほう、と少年とジジイは頷く。

 女心などわからないだけに、非常に参考になる。


「その部屋に引きこもってる女の子のことを聞いただけで判断するなら、恋っていうか、むしろ失恋に近いんじゃないですか? 好きな子にフラれたとか、捨てられたとか」


「あ?」


「ルージンさん落ち着いて。殺気出てる」


 モロに殺意をぶつけられた従業員だが、平然として行ってしまった。


 さすが魔術師の多い街の住人。

 度胸がいいというか、肝が据わっている。


「なんと無礼な。お嬢様がフラれただと? 捨てられただと? クォーツ家に対する侮辱だ」


「まあまあ。家のことは忘れましょうよ、ここはディラシックなんだから」


 ブツブツと呟く老執事を宥め、クノンは続ける。


「恋わずらいにしろ失恋にしろ、僕は遠征には同行してませんからね。

 こうなったら、一緒に行った人に話を聞くのが早いんじゃないですか?」


「エルヴァという方ですね?」


 ――「しばらく素材集めの旅に出ます。二週間くらいで戻ります。その間セララフィラはお借りしますのでご心配なく。」


 セララフィラが遠征に出た直後に、住んでいる家に届いた手紙。


 差出人こそ書いてなかったが。

 優秀な老執事は、それが誰の書いた手紙だったのかまで調べ上げている。


 二週間、セララフィラの行方は追えなかった。

 その代わり、できることはやったのだ。

 

 ――セララフィラは無事帰ってきた。


 だからルージンとしては、エルヴァのことは黙認しようと思っていた。

 手紙に嘘はなかったからだ。

 これが魔術学校のやり方なら、従うほかない、と。


 だが実際は、セララフィラは完全に無事とは言い難い状態だ。


 ならば、そう。


 黙認しようとしていたエルヴァなる人物。

 これと接触し、何があったか聞かねばならない。


「して、エルヴァという方はどういう方で?」


 しかしここで問題なのは、エルヴァがどういう人間なのかだ。


 もし人間的に問題があるなら。

 このまま一生接触させないという道もある。


 簡単に言えば、クォーツ家の娘と付き合うに相応しい人か。

 会うのはその辺の情報を得てからだ。


 一応調べたが、ただの特級クラスの魔術師だということしかわからなかったこともあり。


 だからこそ、エルヴァを知っているクノンの感想を聞いてから決めたい。


「エルヴァ嬢は素敵な人ですよ。彼女は海が似合いそうだ」


 海はよくわからないが。

 とにかく、人間的に壊滅している人ではなさそうだ。


 ――ルージンはクノンに頼み、エルヴァを呼んでもらうことにした。




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