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162.帰ってきた彼女は





「――ああ、そうなんですか」


 認識の違いこそあるが。

 今のセララフィラの状況は知っているようなので、ルージンはクノンに現状を伝えた。


 後々のセララフィラのため。

 並びにクォーツ家のためを考えて、誰にも話せなかったことだ。


 だが、事実は変えられない。

「セララフィラは泊まりがけで素材集めの旅とやらに行った」という事実は、どうしたって隠しようがない。


 関係者が多すぎるからだ。


 セララフィラを連れて行った者たちは、二十人近い集団だそうだ。

 さすがに完全な口止めは不可能だろう。


 しかし。


「何も言わずに旅立ったんですね、彼女。それは心配もしますね」


 ルージンの用件を理解したクノンは言った。


「でも大丈夫ですよ。『調和の派閥』にはしっかりした素敵な女性がたくさんいますし、今度の遠征にも同行しています」


 ――クノンが話を持って行ったエルヴァも、「調和」代表シロトも一緒である。


 しっかり者の彼女らがいれば間違いはないだろう、とクノンは思っている。


「セララフィラ嬢も、男なら放っておけないほど魅力的な山の似合いそうなレディでしたね。でも心配無用ですよ」


 山がどうとかはわからないが。

 セララフィラが魅力的なのは、ルージンも知っている。


 魅力的だから余計に心配もしている、という話なのだが。

 わかっているのかいないのか、クノンは穏やかである。


 ――で、だ。


「それで、ルージンさんはどうしたいんですか? 今すぐセララフィラ嬢を連れ戻したいとか、そういう話ですか?」


「できればそうしたいのですが……」


 結局、セララフィラが旅立って二週間が過ぎている。


 今更感が拭えないのだ。


 一秒でも早く保護したいという気持ちは変わらない。

 だが、こうも時間が過ぎていると……という話である。


「しかし、今更無理に連れ戻すというのも、遅すぎる話かと思っています」


 むしろ。


 もしセララフィラが望んで旅をしているのであれば。

 ただの一使用人の個人的感情で、主人の娘の行動を制限してしまうことになる。


 せめてこれが行方不明から二、三日内の話だったなら、まだしも。

 さすがに二週間は長い。


 そして、ざっくりした予定では、そろそろ帰ってくるという噂もある。


 要するに、色々と手遅れなのだ。

 もう動いても遅すぎるほどに。


「そうですね。別に何もしなくても、たぶんもうじき帰ってくると思いますよ」


「でしょうな……しかし何もしないわけにもいかなかったもので」


 事クノンを捕まえ、ずっと一人で抱えていた問題を吐露した瞬間。


 ルージンの中で、ようやく諦めの感情が湧いてきた。


 否、諦めではなく。

 もはやすべてが手遅れだと認めた、というべきか。


 往生際も悪くだらだら無駄に走り回ってみたが。

 この時、ようやく、気持ちの上でルージンの足が止まった。


「もっと早くクノン様と会えていれば、手の打ちようもあったかもしれませんな」


「恐縮です。でもそういうセリフは女性に言われたいですね、紳士として」


 何が恐縮なのか。


 なんだかよくわからないが、気の抜けたクノンと対峙していると。

 ルージンの気持ちも落ち着いてきた。


 自分だけ必死で熱くなっていたのが馬鹿みたいに思えてきたのだ。


 セララフィラは相変わらず心配だし、可能なら今すぐにでも保護したいが。


 だが、もはや機を逃していることは、誰の目から見ても明白だ。


 そんなことはわかっていた。

 ただ、ルージンだけがずっとそれを認めたくなかっただけだ。


「まだ入学したばかりだし、心配なのもわかります。山が似合う魅力的なセララフィラ嬢だけに余計に心配でしょう。

 でも、少しずつでも慣れておいた方がいいですよ。特級クラスは泊まり込みの実験や、泊まりがけのフィールドワークは珍しくありません」


「らしいですな。……せめてお嬢様の口から泊まりがけの遠征に出ることを聞いていれば、納得もできたとは思うのですが」


 最初は誘拐を疑った。

 クォーツ家の娘と知った何者かが、よからぬ企みをして無理やり連れて行った、という可能性も危惧した。


 だが、情報を集めれば集めるほど。

 特級クラスではこんなことは日常茶飯事だと、たくさんの人に証言された。


 何なら学校側からもそう言われたくらいだ。


「その辺はご本人とよく相談した方がいいですね」


 と、クノンはカップを取り上げる。

 育ちの良さが出た優雅な動きだ。


「これからきっと、セララフィラ嬢の外泊が増えるんでしょうね」


「そんな言い方はやめていただきたい!」


 言葉の上では何も間違っていない。

 クノンにとっては悪気のない、ただの事実としての言葉だ。


 だが、ルージンにとっては腹に据えかねる言葉だった。


 まるで夜遊びが大好きな悪ガキのようなアレじゃないか。


 そこらの不良娘じゃないんだ。

 クォーツ家で、大切に大切に育ててきた娘なのだ。

 品行方正で由緒正しき娘なのだ。

 どこに出しても恥ずかしくない、将来絶対に素敵なレディになる娘なのだ。


「え? 何か気に障ることでも?」


 しかし、裏など微塵もないクノンである。

 ルージンの怒りの理由がわからなかった。


 ――それから少し話をして、二人は別れた。


「調和の派閥」が遠征から帰ってきたのは、それから二日後のことだった。














 セララフィラは無事に戻ってきた。


「――フン! じいが勝手に心配しただけでしょ! わたくしには関係ないわ!」


「お、お嬢様……」


 いや、無事とは言い難いかもしれない。


「もう寝るから! 放っておいて!」


 彼女は少しグレて帰ってきたから。




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