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15.初昇級試験 5日目





 クノンは昇級試験を順調にパスし、五日目で予定通り卒業試験を迎えた。


 今日だけは、許嫁のミリカと兄イクシオと一緒に、試験を受けることができる。

 この三人で、同じ学校の同じ教室で同じ時間を過ごすのは、きっと最初で最後になるだろう。


「いや、三人じゃないぞ。二十人くらいが同時に試験を受けるんだ」


「そうなんだ。あ、そうか。先生より生徒の方が多いから、一人ずつ試験なんてしてたら効率悪いもんね」


「そうだな」


「ということは、もうキャスト先生に試験を見てもらうこともないのか。ようやく打ち解けてきたんだけどなぁ」


 キャスト女史は、ほかの教師と日替わりでクノンの試験を見ると思っていた。

 だが、結局四日間すべて彼女がクノンの面倒を見ることになった。


 最初から最後まで、面倒事を押し付けられた形である。

 身分差を持ち込まない貴族学校とは言え、やはり身分差による扱いの差は存在したわけだ。


「打ち解けた?」


「うん。いろんな話をしたよ。

 キャスト先生は特待生として上級貴族学校を卒業して、今の教職に就いたんだって。


 なんか好きな男性が教員になりたいと言っていたらしくてね、追いかける形で目指したんだって。

 で、肝心のその彼は試験に落ちて泣きながら領地に帰って、自分だけ受かって今二年目なんだってさ」


「……そうか」


「恋人募集中だってさ。兄上、チャンスだよ? 今なら口説けるかもよ?」


「……そうだな。気が向いたらな」


 そんな話をしながら、グリオン家の兄弟は馬車に揺られていく。


「おはようございます、クノン君。イクシオ様」


 今日も校門の前で待っていたミリカと合流し、今日こそ同じ試験場へと向かう。





 イクシオから聞いていた通り、試験場として用意された教室には、二十人くらいの生徒たちが集まった。


「――ミリカ様、そろそろ婚約者を紹介してください」


「――イクシオ、弟紹介しろよ」


 どうやらミリカ、イクシオの知り合いも一緒に試験を受けるようで、クノンは七人の知らない男女に囲まれている。


「僕はクノン・グリオン。イクシオ兄上の弟です」


 クノンは自己紹介をした。

 そして言った。


「正直ほっとしたよ。ミリカ殿下も兄上も誰も紹介してくれないし、もしかしたら二人して友達も知り合いもいないのかと思ってたから」


「おまえ失礼だな! 俺はまだいいけど殿下に失礼だぞ!」


「そうですよ! さすがに失礼ですよ! クノン君と過ごすからしばらく放っておくように頼んだんですからね!」


「お気遣いありがとうございます。でも心配してたのは本当なんです。さすがの僕でも『友達いないの?』とか『知り合いいないの?』とか言えないですし。こんなこと軽いノリで聞けないですよ……」


 クノンは目頭を押さえた。眼帯の上から。


「よかった……殿下に友達がいて本当によかった……兄上が一人ぼっちじゃなくてよかった……」


「クノン君……」


「友達なんていなくても平気だよって、僕が自分の身を削って慰める必要がなくて、本当によかった」


 暗に友達がいないと言うと、ミリカとイクシオの友人たちの心が揺れた。


 ぐっと胸に来るものがあった。

 クノンは生まれた時から目が見えないせいで、ほとんど家から出ることなく、学校にも満足に通えなかった孤独な少年だ。


 自分たちが今友達に囲まれているそれが、クノンには存在しないのだ。


 そう考えると――


「ほんとは全然気にしてないでしょ? 削れる身もないくらい」


 ミリカが真顔でえぐりこむような言葉を放ち、クノンはしれっと「はい」と頷いた。


「人間なんて案外一人でも平気ですからね。あはは」


「そう言うと思いましたよ。うふふ」


 友人たちはなんとも言えない顔になった。


 ただ、ミリカとクノンが思ったより仲が良さそうだし楽しそうなので、まあこれはこれでいいのだろうと考えることにした。





「――おい! ミリカ!」


 微妙な顔の友人たちに囲まれて二人だけ笑うクノンとミリカという、少々状況が見えないその場に、無遠慮に割り込む者があった。


「あ、ライルお兄様」


 二日前に食堂で会った、ミリカの兄ライルである。

 どうやら彼も卒業試験を一緒に浮けるようだ。


 クノンの近くどころか、教室中に緊張感が走った。


 ――ライルはあまり評判がよくなかった。


 率直に言えば嫌われているのだ。

 乱暴だし態度も大きいし王族という強力強大な後ろ盾もあるし、教師の言うことも聞かない。

 いろんな意味で厄介な存在だと認識されている。


 同じような悪ガキを集めて徒党を組み、少々子供でも許されないそこそこ悪いことをしているという噂もある。


 とかく近寄りたくない人物だ、が――


「義兄さん!」


 クノンは割り込んできたライルに駆け寄ると、彼の手を取った。


「初めまして義兄さん! 僕はミリカ殿下の婚約者のクノン・グリオンです! いやあ挨拶できてよかった! 先日はなんだかんだで挨拶できませんでしたからね!」


「な、な、な、なんだおまえ! なんだおまえ!」


 ライルは振りほどこうとするが、クノンはライルの手を離さない。

 見た目は十歳満たない弱々しい子供なのに思いのほか力は強い。


「やだなぁあなたの弟じゃないですか! おっ、凛々しい声! きっと顔も凛々しいんだろうなぁ! 僕の目が見えたら穴が開くほどその凛々しい顔を見詰めてるんだけどなぁあっはっはっ! はっはっはっ!」


「お、お……おいミリカ! こいつなんだ! なんだこいつ!」


 ライルは困惑している。

 理由はどうあれ、初対面でここまで好意的に接されたことがないから。


「ふ、ふふ、ふふふふ……」


「くくく……」


「――なんだよ! おまえたち何を笑っている!」


 いつもの傍若無人な悪童っぷりが鳴りを潜め、顔を真っ赤にして照れて困って、それでもクノンを強く拒否できないライルの姿が、妙に可愛く見える。


 それこそ、年相応の十二歳に見えるからだ。


 ――いろんな意味で、クノンはやはり強い。





 その後は問題もなく昇級試験を受け、クノン、ミリカ、イクシオ、ついでにライルやミリカたちの友人たちも無事に試験を通過。


 たった五日のクノンの貴族学校生活は、つつがなく終わったのだった。





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