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153.仕事が早い





「さすが師匠だなぁ」


 クノンは唸った。

 唸りっぱなしだった。


 ハンクに頼み込み。

 特別に、魔道飛行船の内部を見せてもらっていた。


 内装はほぼない。

 外装と同じく金属剥き出しである。


 がらんと空洞があり、ここに荷物を積んだり人が乗ったりするそうだ。


 あくまでも貨物船扱いだ。

 そして組み立て式だから、余分なパーツを増やしたくもなかったのだろう。


 椅子なども設置されていない。

 荷を優先するからである。


 人間用スペースを備え付けるくらいなら、そのスペース分荷物を積みたいのだ。


 飾りらしいものといえば、荷を固定するロープ用のフックくらいである。

 まあ、飾りではなく実用するものだが。


 床に敷いた金属タイルを一枚はずす。

 その下には、びっしりと魔法陣が描かれていた。


 この船を魔道具たらしめる仕掛けだ。


 全容はかなり大掛かりなようだが――


「……意外と単純な造りなんだな」


 効率を極めた技術とは、一種の芸術品のようだ。


 一見複雑だが、実はそうでもない。

 だからこそセンスを感じる。


 それだけ無駄がない、無駄を削ぎ落としているということだ。


 ――この仕事を、ゼオンリーは今のクノンとほぼ同年代で完成させたという事実。


 さすがは自他ともに認める天才だ。


 去年一年。

 彼がいろんな問題を起こしていた痕跡も見つけたが。

 こうして実績と呼ぶに足る痕跡も沢山見つけた。


 師は、あらゆる意味で問題児だったようだ。


 まあゼオンリーらしいとは思うが。


「私は魔道具はよくわからないが、こんな大きなの造ったってのがすごいよな」


 ハンクは聞きかじった情報を簡単に説明してくれた。


 曰く、これは過去の「調和の派閥」総員で作り上げたもの。

 いくつか魔道飛行船の雛形みたいなのはあるが、これが一番完成度が高い、だそうだ。


 人が空を飛ぶための魔道具。


 属性に関係なく、魔力さえあれば鳥のように飛べる。

 なかなか魅力的な話である。


 そんな魔道具の夢を見た特級クラスの生徒、及び教師は少なくなかった。


 そこで、この魔道飛行船だ。


 積載量。

 速度。

 安定性。


 外観こそ無骨で大きな浜釣り船のようだが。

 しかし、性能は違う。


 それまでにあった飛行魔道具とは、明らかに一線を画す完成度を誇るそうだ。

 過去の飛行船とは別物というくらいに。


「特級クラスってすごいね」


 冷静に考えると。

 この魔道飛行船もすごいが、三派閥の拠点になっている建造物も、過去の生徒たちの成果なのだ。


「実力」は亡国の古城を再現したもの。

 隅から隅まで見て回るだけで一日くらいかかるんじゃないか、というほど巨大の建物だ。


「合理」は人工ダンジョンを再利用した地下施設。

 現在では、地下何階まであるのか誰も把握していないほど、深いそれとなっている。


 そして「調和」の背の低い塔も……まあ、クノンは聞いたことはないが。

 たぶんあれも特級クラスの仕事だろう。


「だよな。私はこのクラスに入りたくて、何年も無駄に下積みを重ねたんだ。

 絶対にここがいい、このクラスに入りたいと思ったから」


 ――慎重になりすぎたゆえにだ。


 ハンクは何年も下積みをしてきた。

 正式に入学したのは、結局十八歳になってからである。


「ちゃんと入れたなら無駄ではなかったと思うよ」


 魔術師に年齢は関係ない。

 だから、ハンクの年齢などクノンは気にしない。


 ただし。


「でも君は同期だからね。だから僕は君を同級生扱いするからね」


「別にいいよ」


 そんなこだわりがあったことさえハンクは知らなかった。


 それくらいクノンは最初からタメ口だった。


「ハンク先輩とか呼ばないからね」


「それこそ今更もういいよ」


 もう二年目に入っている。

 今更の話である。





 師の仕事をしっかり堪能して表に出ると、「調和」代表シロトがいた。

 彼女も準備に参加しているらしい。


「――おまえも来るか?」


 挨拶をすると、すぐに問われた。


 一緒に遠征に行くか、と。


「行きたいんですけど、ちょっと話が急すぎて……」


 クノンは苦い顔をする。


 飛行船には乗ってみたい。

 遠征自体も楽しそうだし興味深い。


 ただ、新年度が始まったばかりである。


 一日二日で終わるならまだしも、二週間前後の日程と言われると。

 さすがに躊躇してしまう。


 今この時、他にやるべきことがある気がする。


 せめて一週間くらい前に知ることができていれば。

 あるいは、新年度が始まって一ヵ月くらい経っていれば。


 それならクノンも準備ができたのだが。


「明日出発ですよね?」


「ああ。明日の早朝だ。……その様子だと無理そうだな」


「ちょっと厳しそうです。興味はあるんですけど」


「仕方ない。そういうこともあるさ」


 クノンは泣く泣く、この遠征は見送る方向で考えていた。





 翌日。


「――お届け物でーす」


 研究室に手紙が届いた。


「ご苦労様です」


 持ってきた生徒から手紙を受け取り。

 差出人の名前を確認して、すぐに開封した。


 エルヴァ・ダーグルライト。

 昨日、相談事を持って行った人からである。


 もしかしたらデートの誘いか。

 あるいは、セララフィラについての何かだろうか。


 エルヴァは今朝、遠征に旅立ったはずだ。

 出発する前に書いたのか、それとも昨日の段階で書いたのか。


 まあ、とにかく。


 中身が気になる。

 読書を中断して、すぐに確認することにした。


「……仕事が早いな」


 クノンは呟いた。


 手紙の内容は簡潔にまとまっていた。


 ――「遠征にセララフィラを連れていくことが決まったから連れていくね」と。


 昨日の今日なのに、エルヴァは早速、本気でやってくれるようだ。





 戻ってくる頃にはきっと染まっているだろうな、と思った。




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