152.なんか忙しそう
セララフィラに逃げられた直後。
早速クノンは背の低い塔へやってきた。
ここは「調和の派閥」の拠点である。
「あれ? クノン?」
「クノン君?」
「あ、クノン君だー」
何人かに声を掛けられたが。
クノンはまず、聞き慣れた声に反応した。
「朝露のように輝く麗しき女性たちに囲まれて何してるの?」
反応した相手は、同期のハンク・ビートである。
「メンツはたまたまだよ」
そう、偶然だ。
現在たまたま、ハンク一人に女子数名という構成になっているだけである。
――彼らは、拠点の出入り口前で、何かをしていた。
クノンは当然「何してるの?」と問うと、彼は「遠征の準備だ」と答えた。
「遠征? 遠くに行くの?」
「遠くというか、数箇所行くというか。
すごく簡単に説明すると、研究や実験に使う素材を採取しに行くんだ。『調和』で使う半年分くらいをまとめてな。
派閥の半分以上は参加する予定だから、ちょっと大掛かりかもな」
なるほど、とクノンは頷いた。
「『調和』では素材を共有するんだね」
「ある程度はな」
協調性がある生徒ばかりが集うという「調和の派閥」ならではだ。
ほかの派閥は、我が強い者が多い。
だから必要な物は各自で揃えるのが普通だ。
しかし「調和」では、素材集めなども協力して行うらしい。
クノンも、必要な物は自分で用意するのが普通だと思っていた。
だが、そう――
「特級クラスが十人もいたら、素材集めも相当楽だろうね」
クノンは知っている。
特級クラスが十数人もいれば、
派閥の半分以上が参加すると言うなら。
実力面では、絶対に問題など起こらないだろう。
「まあな。……で、君は? まさか参加するのか?」
一応クノンは三派閥全てに属しているので、同行してもおかしくはない。
「とても興味はあるけど、今は別件だよ」
遠征である。
同行すれば、何日かディラシックには帰ってこられないだろう。
泊まりがけでクノンが行くとすれば。
当然、侍女も一緒に連れていくことになる。
さすがに急には決められない。
そして何より、ここに来た理由は別にある。
「麗しのエルヴァ嬢はいるかな? 会いに来たんだけど」
「いるけど、準備に忙しいと思うぞ」
「そっか。どうしようかな」
彼女の活動の邪魔はしたくない。
だが、セララフィラのことを頼めそうな土属性は、彼女以外思いつかない。
――様子を見て、相談できそうなら、する。
無理そうなら今は諦めて、時間がある時に約束する。
ついでにランチにでも誘ってみよう。
とりあえず方針を決めたクノンは、ハンクと別れて、塔の中へと踏み込んだ。
顔見知りの女子たちに声を掛けられつつ、エルヴァを探すと。
「――あら、いらっしゃいクノン」
倉庫で在庫整理をしていた数名の中に、エルヴァを発見した。
「おはよう、エルヴァ嬢。暗い部屋でも君の輝きは星の瞬きのように瞬いてるよ」
「ありがとう。今日のあなたも素敵な紳士よ」
――周囲が若干「なんだこいつら」という白い目を向けているが、二人は気にしない。瞬きって二回言ったことも気にしない。
なお、昨今のエルヴァは徹夜をしていないので、ダサくはない。
今日も派閥一の美貌は健在である。
「忙しそうですね。ちょっと相談があって来たんですが、美しいあなたに時間がないなら出直します」
「相談? 内容によるわね。
時間が掛かりそうなら今はちょっと無理ね。この場で済むなら今聞くけど?」
「えっと……なんて言えばいいのかな……」
クノンは少し考えた。
彼女らは皆忙しそうだ。
今この段階でも、彼女の時間を奪ってしまっている。
長々説明はできない。
できるだけ手短に、用件だけを伝えるとするなら――
「まだ土魔術をよく知らない新入生に、土魔術の魅力を教えてあげてほしいなと」
そう言うと、エルヴァより先に、周囲の人が答えた。
「――相談乗ってやれよ」
「――おまえが少し抜けるくらい構わねえよ」
「――話し聞いてきなよ。わかってるでしょ?」
「――そんなのカモ……何も知らない新入生には親切にするべきだわ先輩として。そう先輩として」
紛れもない後押しだ。
なんと優しい先輩方だろう。
「新入生……へえ……まだ土の魅力を知らない? ふうん……」
エルヴァの美貌が妖しく輝く。
まるで
「私でいいの? 私でいいのよね? 言っておくけど、土の魅力に触れたらもう戻れないけれど。それは構わないのよね?」
クノンも笑った。
無邪気に見えるところに、若干の狂気を感じる。
そう、悪気など一切ないのだ。
だからこそ問題なのかもしれないが。
「当然でしょう。土じゃなくても、魔術の魅力に触れて染まらない人なんていないでしょ?」
「そうね。言葉ではなんとでも言えるけれど、身体は正直だものね」
「仮に最初は嫌がっても、染まるまで教え込めばいいだけだし」
「それに少しくらい抵抗してくれた方がこっちも楽しいわ」
不穏。
お互いににこやかだが、そのやりとりはただただ不穏。
だが、問題ない。
なんの問題もないのだ。
周囲の生徒たちも、似たような笑みを浮かべている。
――特級クラスで魔術に染まっていない者など、いないのだから。
エルヴァと簡単な打ち合わせをすると、塔から出てきた。
思った以上に短時間で済んだ。
だが、それを錯覚する光景があった。
「え? 何これ?」
やってきた時、塔の出入り口にはハンクたちがいた。
彼らが何かをしていたのは把握している。
だが、何をしていたかは聞いていない。
これはいったい何なのか。
「用事は済んだのか?」
またハンクに声を掛けられた。
「ハンク、これ何?」
これはなんと表すればいいのか。
とにかく巨大な金属製の何かだ。
「お、さすがのクノンもこれは知らないか?」
知らない。
だからこそ、わくわくしてくる。
「これはな、魔道飛行船っていう空飛ぶ船だ」
空飛ぶ船。
そうだ。
これは船の形だ。
ただマストも客室もない、船の下側だけ。
瓜のような形の金属塊だ。
「これが! 話には聞いてたけど、これなんだ!」
いつだったか、ゼオンリーに聞いたことがある。
――「でっかい魔道具だって作ったことあるんだぜ。この天才の俺がちょっと手伝ってやった、空飛ぶ船ってのがな」と。
文字通りの意味で、空を飛ぶ船だと言っていた。
当時のクノンは、その原理にばかり注意が向かった。
今はどこにあるかとか、現在どうなっているかとか、その辺は聞かなかった。
その答えは、今ここに、だ。
どんな話の流れで、これを作ることになったのかは知らないが。
師ゼオンリーの痕跡は、ここにもあったのだ。