<< 前へ次へ >>  更新
153/196

152.なんか忙しそう





 セララフィラに逃げられた直後。

 早速クノンは背の低い塔へやってきた。


 ここは「調和の派閥」の拠点である。


「あれ? クノン?」


「クノン君?」


「あ、クノン君だー」


 何人かに声を掛けられたが。

 クノンはまず、聞き慣れた声に反応した。


「朝露のように輝く麗しき女性たちに囲まれて何してるの?」


 反応した相手は、同期のハンク・ビートである。


「メンツはたまたまだよ」


 そう、偶然だ。

 現在たまたま、ハンク一人に女子数名という構成になっているだけである。


 ――彼らは、拠点の出入り口前で、何かをしていた。


 クノンは当然「何してるの?」と問うと、彼は「遠征の準備だ」と答えた。


「遠征? 遠くに行くの?」


「遠くというか、数箇所行くというか。

 すごく簡単に説明すると、研究や実験に使う素材を採取しに行くんだ。『調和』で使う半年分くらいをまとめてな。

 派閥の半分以上は参加する予定だから、ちょっと大掛かりかもな」


 なるほど、とクノンは頷いた。


「『調和』では素材を共有するんだね」


「ある程度はな」


 協調性がある生徒ばかりが集うという「調和の派閥」ならではだ。


 ほかの派閥は、我が強い者が多い。

 だから必要な物は各自で揃えるのが普通だ。


 しかし「調和」では、素材集めなども協力して行うらしい。


 クノンも、必要な物は自分で用意するのが普通だと思っていた。


 だが、そう――


「特級クラスが十人もいたら、素材集めも相当楽だろうね」


 クノンは知っている。

 特級クラスが十数人もいれば、海の中(・・・)だって探索できるのだ。


 派閥の半分以上が参加すると言うなら。

 実力面では、絶対に問題など起こらないだろう。


「まあな。……で、君は? まさか参加するのか?」


 一応クノンは三派閥全てに属しているので、同行してもおかしくはない。


「とても興味はあるけど、今は別件だよ」


 遠征である。

 同行すれば、何日かディラシックには帰ってこられないだろう。


 泊まりがけでクノンが行くとすれば。

 当然、侍女も一緒に連れていくことになる。

 

 さすがに急には決められない。

 そして何より、ここに来た理由は別にある。


「麗しのエルヴァ嬢はいるかな? 会いに来たんだけど」


「いるけど、準備に忙しいと思うぞ」


「そっか。どうしようかな」


 彼女の活動の邪魔はしたくない。

 だが、セララフィラのことを頼めそうな土属性は、彼女以外思いつかない。


 ――様子を見て、相談できそうなら、する。


 無理そうなら今は諦めて、時間がある時に約束する。

 ついでにランチにでも誘ってみよう。


 とりあえず方針を決めたクノンは、ハンクと別れて、塔の中へと踏み込んだ。





 顔見知りの女子たちに声を掛けられつつ、エルヴァを探すと。


「――あら、いらっしゃいクノン」


 倉庫で在庫整理をしていた数名の中に、エルヴァを発見した。


「おはよう、エルヴァ嬢。暗い部屋でも君の輝きは星の瞬きのように瞬いてるよ」


「ありがとう。今日のあなたも素敵な紳士よ」


 ――周囲が若干「なんだこいつら」という白い目を向けているが、二人は気にしない。瞬きって二回言ったことも気にしない。


 なお、昨今のエルヴァは徹夜をしていないので、ダサくはない。

 今日も派閥一の美貌は健在である。


「忙しそうですね。ちょっと相談があって来たんですが、美しいあなたに時間がないなら出直します」


「相談? 内容によるわね。

 時間が掛かりそうなら今はちょっと無理ね。この場で済むなら今聞くけど?」


「えっと……なんて言えばいいのかな……」


 クノンは少し考えた。


 彼女らは皆忙しそうだ。

 今この段階でも、彼女の時間を奪ってしまっている。


 長々説明はできない。

 できるだけ手短に、用件だけを伝えるとするなら――


「まだ土魔術をよく知らない新入生に、土魔術の魅力を教えてあげてほしいなと」


 そう言うと、エルヴァより先に、周囲の人が答えた。


「――相談乗ってやれよ」


「――おまえが少し抜けるくらい構わねえよ」


「――話し聞いてきなよ。わかってるでしょ?」


「――そんなのカモ……何も知らない新入生には親切にするべきだわ先輩として。そう先輩として」


 紛れもない後押しだ。

 なんと優しい先輩方だろう。


「新入生……へえ……まだ土の魅力を知らない? ふうん……」


 エルヴァの美貌が妖しく輝く。

 まるで草食獣(えもの)を見つけた美しき肉食獣のように。


「私でいいの? 私でいいのよね? 言っておくけど、土の魅力に触れたらもう戻れないけれど。それは構わないのよね?」


 クノンも笑った。

 無邪気に見えるところに、若干の狂気を感じる。


 そう、悪気など一切ないのだ。

 だからこそ問題なのかもしれないが。


「当然でしょう。土じゃなくても、魔術の魅力に触れて染まらない人なんていないでしょ?」


「そうね。言葉ではなんとでも言えるけれど、身体は正直だものね」


「仮に最初は嫌がっても、染まるまで教え込めばいいだけだし」


「それに少しくらい抵抗してくれた方がこっちも楽しいわ」


 不穏。

 お互いににこやかだが、そのやりとりはただただ不穏。


 だが、問題ない。

 なんの問題もないのだ。


 周囲の生徒たちも、似たような笑みを浮かべている。


 ――特級クラスで魔術に染まっていない者など、いないのだから。





 エルヴァと簡単な打ち合わせをすると、塔から出てきた。


 思った以上に短時間で済んだ。

 だが、それを錯覚する光景があった。


「え? 何これ?」


 やってきた時、塔の出入り口にはハンクたちがいた。


 彼らが何かをしていたのは把握している。

 だが、何をしていたかは聞いていない。


 これはいったい何なのか。


「用事は済んだのか?」


 またハンクに声を掛けられた。


「ハンク、これ何?」


 これはなんと表すればいいのか。

 とにかく巨大な金属製の何かだ。


「お、さすがのクノンもこれは知らないか?」


 知らない。

 だからこそ、わくわくしてくる。


「これはな、魔道飛行船っていう空飛ぶ船だ」


 空飛ぶ船。


 そうだ。

 これは船の形だ。


 ただマストも客室もない、船の下側だけ。

 瓜のような形の金属塊だ。


「これが! 話には聞いてたけど、これなんだ!」


 いつだったか、ゼオンリーに聞いたことがある。


 ――「でっかい魔道具だって作ったことあるんだぜ。この天才の俺がちょっと手伝ってやった、空飛ぶ船ってのがな」と。


 文字通りの意味で、空を飛ぶ船だと言っていた。


 当時のクノンは、その原理にばかり注意が向かった。

 今はどこにあるかとか、現在どうなっているかとか、その辺は聞かなかった。


 その答えは、今ここに、だ。


 どんな話の流れで、これを作ることになったのかは知らないが。

 師ゼオンリーの痕跡は、ここにもあったのだ。




<< 前へ次へ >>目次  更新