150.セララフィラ・クォール
「ジオお兄様にご友人ができてよかったわ。あの方、味方は多いけれど立場上のものばかりだから。
しかも面白味はないし生真面目だし、冷たい印象も与えるし。
同年代の第一印象はあまりよくないのです」
クノンを訪ねてきたセララフィラを、研究室に通し。
「少しはお片付けなさったら?」という小言を聞き流して、二人はテーブルに着いた。
なお、出会ったばかりの男女が密室に二人きり。
それは非常によくないということで意見が一致し、ドアは開けてある。
子供がなんの心配をしているのか、という意見もあるかもしれないが。
一端の紳士淑女からすれば、常識的な配慮である。
「えっと、先輩の母方の親戚って聞いてるんだけど」
「はい。皇家に嫁いだのがジオお兄様のお母様。その妹がわたくしの母になりますわ」
「そうなんだ」
皇族に嫁ぐくらいだから、彼女の産まれは上位貴族だろう。
だが、ここは魔術学校。
歳の差も身分差も魔術には関係ないので、これ以上は聞かないことにした。
「特級クラスに入ったんだよね? 先輩、羨ましがってたよ」
「らしいですわね。わたくしは二級でも良かったのですが」
ふう、と憂欝そうにセララフィラを息を吐く。
「単位はともかく、生活費を自分で賄わねばいけないのでしょう? クノン先輩もそのようになさっているの?」
クノン先輩。
不意の女子からの先輩呼びに、少しだけクノンの心がときめいた。
「そうだよ。こう見えても稼いでるんだよ」
「いいですわね。素敵な紳士には高収入がお似合いですものね」
高収入かどうかは知らないが、生活費で困ったことはない。
「まあ、紳士だからね」
だが紳士であることは紛れもない事実なので、クノンはそこは認めておく。
「君のような素敵なレディとは、紳士じゃないと一緒にいられないからね」
「まあ。お上手だこと」
ウフフ、とセララフィラは笑った。
「でも、わたくしも何かお勤めをしないといけないようなのですが、そもそも淑女が労働というのも気が進みませんの」
まあ、上位貴族の女性ならば、わからない理屈ではない。
家名を守る。
同じ貴族連中と上手く付き合う。
夫を立て、支える。
ヒューグリア王国ではそれが一般的な上位貴族の女性の在り方だ。
アーシオン帝国も、あまり大差はないのだろう。
「そんなことないよ。僕の幼少の頃の家庭教師は、貴族の女性だったよ」
「あら。クノン先輩の祖国では、女性の労働は推奨されているのね」
「推奨されているかどうかはわからないけどね。
それにここは魔術学校だからね、身分も何もあまり関係ないよ。
頂点にいるのは身分を持たない世界一の魔女だし、彼女の前では王族や皇族の身分も意味がないし」
世界一とか、魔術を究めた者とか。
彼の人が持っているのは、あくまでもそんな肩書きだけ。
権威や権力といったものは一切持っていない。
ただし、実力行使が桁違いに得意なだけだ。
「――なるほど。わたくしも少しずつ意識を変えた方がよさそうですわね」
端々から、育ちの良さが伺えるセララフィラだが。
ちゃんと周辺環境に歩幅を合わせるという、柔軟性も持っているようだ。
さて。
「それで――」
クノンはいよいよ本題に入ることにした。
ここまではただの世間話。
いわば前菜に過ぎない。
大好物のディナーはこれからだ。
「君の属性と星の数は? 得意な魔術は? どんな魔術が好き? あ、自分以外のどの属性が好きかも聞きたいな。この学校では何を中心に学びたいの? 図書館は行った? あそこの魔術関係の本の数、すごいよ。引くよ。僕は引いたよ。そのあと喜びが込み上げてきたよ」
「うふふ」
ウフフ、とセララフィラは笑った。
「クノン先輩ったら。紳士にあるまじきがっつき加減ですわね」
「え、そう?」
「まあそれでも品を感じさせるところは、さすがは白馬の似合いそうな紳士といったところかしら?」
それは似合うな、とクノンは思った。
全世界の白馬の王子様のモデルになったのはクノンだ、という自分で流した噂もあるくらいだ。
「属性は土。三ツ星。特に得意な魔術はありませんわね、習得した魔術は全部均等に使えますので。
それと……なんでした? 好きな属性? 興味深いのは風ですわね。洗った髪を乾かすのに便利そうなんですもの。
図書館はまだですわ。当然興味はありますが……引くほどですの? それは楽しみですわね」
セララフィラは律儀に答えた。
――クノンは納得した。
これは確かに、そこまで魔術に傾倒しているわけではないな、と。
ジオエリオンの言った通りだ。
彼女はまだ魔術に没頭していない。
もし没頭していたら。
魔術の話が始まった途端に目の色が変わるし、口調も早くなるし、言葉の数も異様に増えるはずだ。
矢継ぎ早に垂れ流すはずだ。
自分の言いたいことを。
たとえ相手が聞いていなくても。
思えば、クノンとジオエリオンはこの部分が上手く噛み合っているのだろう。
ペースが似ていて、互いに互いが気になる話をずっとしているのだ。
楽しくないはずがない。
「土属性か。いいね」
彼女の背後にあるのは、研磨していない巨大な水晶だ。
つまり鉱石である。
だから土属性だろうとは思っていた。
しかし、土属性だと言うなら、あの水晶も何かしらの生き物だとは思うが……
まあ、それはあとでじっくり観察すればいい。
対面の位置からでは見えない部分だから、彼女に見つからないよう調べてみたい。
「そうですか?
でもわたくしは淑女なので、
ああ、別に土魔術をバカにしているわけではありませんわよ? あくまでも個人の趣味嗜好というものです」
そこだな、とクノンは思った。
彼女が魔術に没頭していない理由。
それは、淑女であることと
掛け離れた存在だと思っているから。
「僕としては、土ほど花の似合うレディ向きの属性もないと思うけど」
「うふ。まさか。もうお砂で遊ぶことを楽しめる子供ではありませんわよ、わたくし?」
「そう? じゃあ試してみる?」
「何をですの?」
「――これからする僕の話を聞いて、君が
当然、僕はその気にさせるつもりだけどね」
クノンは知っている。
まだ魔術の入り口辺りにいるであろう自分でも、知っている。
自分が語るのもおこがましいほど、魔術の世界は広いし深いことを。
土遊び?
砂遊び?
そんな狭い次元に納まるものでは断じてない。
「……クノン先輩、笑顔が少し怖いですわよ? 不埒なことを考えているでしょう?」
セララフィラの鋭い指摘に、クノンは笑った。
確かに不埒なことかもしれないな、と。
そう思ったから。
「これから君を魔術色に染めることを想像するとね、楽しみで楽しみで仕方ないんだよ」