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147.魔術学校、二年目





 魔術学校の一年目が終わった。

 無事単位を得たクノンと同期たちの進級が決まり。


 一ヵ月近い夏季休暇を挟んで、新年度が始まる。


「じゃあ行ってくるね」


 早朝。

 侍女に声を掛けて、クノンは家を出た。


 日差しが強い。

 今日も暑くなりそうだ。 





 一ヵ月もの夏季休暇。

 周囲の人はほとんど里帰りした。


 だが、クノンは変わらぬ日常を過ごしてきた。

 里帰りするには、ヒューグリア王国は遠いから。


 その間、クノンは毎日のように学校へ行っていた。

 泊まりがけで出向くこともなかったし、やることもたくさんあったから。


 今日から二年生。

 そう言われても、あまり心境の変化はない。


「――おはよう。ああ、朝からこんなに美しい人妻に会えるなんて幸運だな」


「――おはよう。今日もすごいよだれだね。まるで女神の涙のようにうつくしうわちょっと服にはちょっと」


 紳士らしく近所の人たちに挨拶し。

 絡んでくる犬たちを紳士的に華麗にいなし。


 クノンは一年間通った道を、今日も歩く。


 しばらく会えなかった学友たちに、今日は会えるかもしれない。


 そう思いながら。


 新年度が始まった。

 それを強く実感したのは、クノンの商売が急に忙しくなったからだ。


 休みでも毎日通っていただけに、その変化は大きかった。


 午前中、かつての常連が挨拶がてら「睡眠環境の提供」を利用しに来て。

 クノンは自分の研究室から離れられなかった。


 一ヵ月ぶりである。

 クノンも同期たちや聖女、三派閥の面々、狂炎王子らに挨拶しに行きたかったのだが。


 それは叶わなかった。


「……まあ、しょうがないか」


 皆それぞれ忙しい身だ。

 会いたくても会えない時は少なくない。






 忙しかった午前中を経て。

 午後になって、ようやくクノンは聖女の教室を訪ねた。


「ああ、クノン。久しぶりですね」


 里帰りしていた聖女レイエスが戻ってきていた。


 聖女とは一ヵ月ぶりの再会だった。

 クノンは懐かしいとさえ思った。


 霊草の件もあり、頻繁に会っていたからだろう。


「久しぶりだね、聖なるレディ。元気そうで何よりだよ」


「あなたも夏バテとは無縁のようで何よりです」


 暦では秋であるが、まだまだ夏日が続いている昨今である。


「里帰りどうだった?」


「その前に帰る用事があったので、特に思うことはありませんでした」


 聖女は、故郷の祭事のため、夏の前に帰る用事があった。


 その頃のクノンは「魔術を入れる箱」の開発のため、非常に忙しく。

 それ以外のことがうろ覚えである。


 その頃は一ヵ月以上会っていないはずなのに。

 しかし、今回の再会の方が懐かしく感じる。


「クノンはどうでしたか? 里帰りはしなかったんですよね?」


「うん。先生の手伝いをしたり本を読んだりしてたよ。単位のことを考えなくていいってだけで、すごくのびのび過ごせたよ」


 単位。

 去年は常にこの制約が付きまとっていた気がする。


 何をするにもだ。

 何をするにも脳裏にこびりつき自己主張をする、単位という存在。


 最初は簡単そうにも思えたのだ。

 十回くらい研究するだけでいいだろう、と。軽く考えていた。


 しかし、実に厄介なシステムなのだと、今は知っている。


「――あ、いたいた」


 互いの近況報告をしていると、同期のハンク・ビートとリーヤ・ホースがやってきた。


 彼らとも一ヵ月ぶり、と言いたいところだが。


 ハンクはともかく、リーヤとは一週間くらい前に会っている。

 故郷が遠い彼も、里帰りはしなかったから。


 ずっとディラシックで仕事をしていたのだ。

 実家に仕送りをするために。


 だから、時々会って食事などをしていた。


「私たちももう二年目なんだよな。なんか早いよな」


「そうだね。もう僕らの下の代が入学してるんだよね」


 ハンクとリーヤの会話に、クノンも「言われてみれば」と頷く。


 まだ会っていないが、後輩が入ったはずだ。

 これまでは周りは先輩ばかりだったが、これからは違うのだ。


 一年前の入学から。

 自分自身の心境は、あまり変化はない気がするが。


 月日はちゃんと過ぎている。

 周辺環境もちゃんと変化しているのである。





 しばし同期たちと話をして。

 それから、クノンは三派閥の拠点へと向かう。


 クノンは三派閥に属する身なので、挨拶回りくらいはしておいた方がいいだろう。


 夏季休暇の間、会えなかった顔馴染みはたくさんいる。

 派閥の代表も含めてだ。


「――よう、久しぶりだな」


 まず、「実力の派閥」ベイル・カークントン。


 彼は数日前に里帰りから戻っていたらしい。

 残り少ない夏休みは、友達と遊び歩いたそうだ。


 ジュネーブィズ、エリア・ヘッソンらとも顔を合わせ、彼らの拠点を後にした。



「――久しぶりですね、クノン」


 次に、「合理の派閥」代表ルルォメットに会いに行った。


 彼は二週間ほど前から戻っていたそうだ。


 初耳だった。

 知っていたら、一度くらいは食事にでも誘っていたはずだ。


「教えてください、水臭い」と伝えたら、彼は二週間寮にも帰らず自分の実験室にこもっていた、と答えた

 実験に没頭していたのだそうだ。


 何なら、同じ派閥の者さえ、ルルォメットの所在を知らなかったとのこと。

 尋常じゃないレベルで引きこもっていたようだ。


 ちょっと嫌な顔をしたカシスとサンドラ。

 それと普通の顔をしたラディオ、ユシータにも挨拶して、次へ。



「――挨拶に来た? それより部屋は片付いているか?」


 最後に訪れた「調和の派閥」代表シロト・ロクソンへの挨拶は、手短に済ませて切り上げた。


 クノンの研究室は片付いているか?


 そんな質問、答えられるわけがないじゃないか。

 



 そんなこんなで、クノン・グリオンの魔術学校二年目が始まる。




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