138.一連の流れ
「――なるほどね」
繋がった、とクラヴィスは思った。
クノンから箱――魔帯箱と名付けたという、魔術を携帯する箱について詳細を聞くと。
最後のピースが揃った。
全景が見えた。
先日の森林発生現象の原因と流れが見えた。
「どうします? 彼に説明しても?」
隣の影に問うと、彼女は「問題なかろう」と答えた。
そう。
今回の事件、深く関わっているのは。
聖女の
この二つである。
つまり他の誰かの情報には触れないのだ。
聖女が学校内に持ち込んだ
どうせ数日中には聖教国から何らかの連絡がある。
公表の許可が出ればそれでよし。
もし公表を許可しなくても関係ない。
あの
元から生徒たちに隠し通せるわけがないのだ。
だからグレイ・ルーヴァの判断で、公表は決定している。
それも早い段階で行うつもりだ。
クノンと聖女は浅からぬ関係があり、聖女の力もある程度知っている。
多くを語らず説明ができるだろう。
そして、クノンには話すべきこともある。
「クノン。今回の件、君には詳細を話そう」
「え? 僕に?」
さっき森の前で「詳細は説明できない」と言っていた。
生徒たちの研究成果を開示することになるから、と。
「あ」
――クノンは気づいた。
その「開示する生徒」が主に自分たちなんだな、と気づいたから。
「君は
少々の諸注意もあるから、説明する必要もあるんだよ」
そう前置きして、クラヴィスは語り出した。
「そんなことが……」
クノンは驚いていた。
「というか、精霊って実在するんですか?」
「いるよ。君が魔術を究めたいと思うなら、いずれ必ずそんな存在と出会うだろう。
楽しみにしているといい」
確かにそれは楽しみだが。
しかし、今は話だ。
今まさに森林化事件の詳細を聞かされたが。
正直、クノンの理解が追いついていない。
「今の話について質問してもいいですか?」
クノンは確認したかった。
自分がちゃんと、一連の流れを理解できているかを。
クラヴィスが「もちろん」と答えたので、遠慮なく質問することにする。
「発端は、闇の精霊がやってきたことから、……ということでいいんですか?」
「そうだね。まあ正確に言うと、聖女レイエスの傍にいた光の精霊から、って気もするが」
クノンが気づかなかっただけで、精霊はすぐ近くにいた。
非常に興味深い話だが、今は置いておこう。
「それって『合理の派閥』の――」
「ああ、知っているんだね。なら話は早い。
もう何ヵ月か前になるが、『合理』の代表ルルォメットのチームが行った召喚の儀式で呼んだ精霊だと思われる。
その時は無事成功して終わったんだ。表向きはね」
「でも、本当は終わっていなかった」
儀式が終わり、闇の精霊は消えた。
皆、還ったのだと思った。
だが実際は、まだ学校内に残っていた。
なんの理由があって残ったのかはわからない。
その闇の精霊は、なぜだか、なんの目的があったのか、学校の敷地内に留まり。
クノンたちが開発していた、魔帯箱の初期の試作品の中に潜んでいたらしい。
「わからないことだらけですけど、一番わからないのはなんでそんなのの中に……?」
「住みやすいんだ」
答えたのは、影の女性だった。
「暗くて、静かで、限りなく密閉されていて、魔的要素が心地よい。
闇の精霊の住処として、非常に優れていたのだ」
なんてことだ。
「地下の深くまで行かなくても、一切の光が届かない場所があった。
それがその箱の中だ。
精霊からすれば、昼寝でもするつもりで潜り込んだのだろう」
「昼寝……」
先輩たちと必死になって開発していた魔道具が。
まさかの昼寝場所あつかい。
まあ……まあ、それはいいだろう。
言いたいことがないわけではないが、まあいいだろう。
「ちなみにこの中に闇の精霊がいるよ」
「いるんですか!? 今!?」
クラヴィスの持っている魔帯箱の中に、精霊がいるらしい。
「こうして周りに人がいても留まるくらいだから、本当に住む場所として気に入っているんだろうね」
それはまあ、光栄と言うべきか、否か。
何にしても意外な副産物である。
「それで……神話?」
「光と闇が合わさる時、すべてが生まれた。
誰もが知る天地創造の理だね」
「それが、起こったんですか?」
「聖女のところにいた光の精霊と、呼び出された闇の精霊。
普段はまず出会うことのない二つの存在が相まみえ、極々小さな規模の創造が起こった」
「……起こったんですか?」
「信じがたい気持ちもわかるが、そう考えた方が自然なんだよ。
小さな創世が起こった。
風の精霊が広く報せ、この地に住む大地の精霊が祝福した。
火は暖かな腕に抱き、水はすべてを潤した。
その結果が、あの森ってわけだ」
「その創世が、
「百年以上を経て育つ木が、たった一晩であそこまで育った。これもそう考えた方が自然なんだ」
そう言われると納得できる気もするが……
「創世と、神話の霊樹か……」
今のクノンには、いささか眉唾だった。
いきなり御伽噺が始まったかと思った。
それが本当だと言われても、「信じがたい」という気持ちが、どうしても捨てきれない。
「そこまで到達していないからだ」
と、クノンの心境を読んだように影の女性が言う。
「おまえはまだ、魔術師として、不思議なものに触れていない。まだまだ足りない。
魔術界隈には神話なんぞいくらでもあるぞ。おまえが気づいていないだけでな。
嘘もあるし、でたらめも多い。
だが真実もあるんだよ。
――霊草シ・シルラに関わったくせに、つまらん固定概念なぞ持つな。あれも神話の産物だぞ」
「えっ」
「そもそも聖地や聖域というものが――」
「グレイ。
「フン。生意気な小僧め」
今度の小僧呼ばわりは、クノンのことではない。
「僕今の話すごく興味があります」
「この小僧がダメだとよ。恨むならこいつを恨め」
「恨みますよクラヴィス先生」
「フフ。生徒に厳しい教師の方が将来ためになるものだよ」
「嫌われますけどね」
「ははは。嫌われたくないなぁ」
さほど嫌そうでもなく、クラヴィスは朗らかに笑った。
で、だ。
「話を戻しますが」
少し話は脱線したが、今は一連の事件の確認である。
「その光と闇の創世が行われたのが、森ができた日なんですよね?」
「そう。奇しくも君たちが魔帯箱を完成させた日のようだ」
「僕はぞっとしましたよ。もし僕ら自身が森林化に巻き込まれていたら大変なことになっていた。でも――」
魔帯箱の開発中、泊まり込みなんてあたりまえだった。
先輩たちはよく残って研究室に泊まっていた。
クノンも門限があったが、気持ちだけは彼らと一緒に泊まっていた。
雑用として途中参加したエリアでさえ、彼らのスケジュール管理には苦労していた。
特に、帰宅させるのが至難の業だと言っていた。
最終的にはやや諦め気味だった。
あの日、全員が家に帰っていた。
だから誰も森林化事件に巻き込まれることはなかったのだ。
森になり、校舎が全壊した。
巻き込まれていたら、ただじゃすまなかっただろう。
それでぞっとしたりほっとしたりしたのだが――
「単にタイミングがよかったんじゃなくて、校舎から誰もいなくなったから起こったんですね?」
「そう。
校舎から誰もいなくなったから、闇の精霊が出てきたんだ。
そして光の精霊と出会った。
前から会っていたかもしれないが……まあ、その夜は双方かなりはしゃいだんだろうね。
その末に創世が行われた」
精霊が。
はしゃいで。
創世。
やはりまだ、クノンには、理解に苦しむ話である。