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136.呼び出し






 クノンには初めてのことだった。


「先生に呼び出されるって、あんまりいい気持ちにならないね」


 そう。

 教師からの呼び出しとは、心地よいものではないのだ。


 クノンは緊張していた。

 父親に呼ばれるのとは比にならないほどに。


 商売関係や、実験関係でサトリに呼び出されたことはあるが。


 理由のわからない呼び出しは初めてだった。


 ――早朝、第十一校舎もとい正体不明の森の前に、生徒たちが集まっていた。


 全員ここを拠点にしていた者たちだ。

 クノンもいるし、聖女もいる。


 呼ばれた理由は誰も知らされていない。

 恐らく調査結果が出たのだろう、とは思うが。


 しかしこの居心地の悪さ。

 これからここに誰が来て、何を言われるかわからない恐怖。


 あまり味わいたくない気分だな、とクノンは思った。

 一人で食らったら心細くなっていただろう。


「そうですか?」


 そわそわしているクノンに対し、聖女は堂々としたものだ。


 ――今聖女の頭の中にあるのは、「森はどうなるのか」という一点のみである。


 校舎にも研究室にも思うことはない。

 それよりも、そこにあった我が子とも言うべき植物たちが気になっている。


 特に森に対する処置だ。


 まさか森を撤去だなんて言い出さないだろうか。

 もし話が出たら、国ぐるみで抗議するか、森を移動させる案のどちらかを推そうと思っている。


 中央の巨木が輝魂樹(キラヴィラ)であることは話せないが。

 しかし、切り倒すなんて話を看過するわけにもいかない。

 事情は話せないが放棄もできないのだ。


 こればかりは聖女個人の感情ではない。

 聖職者としての意見である。


 そんな二人と生徒たちは、教師がやってくるのを待っていた。





「やあ。待たせたね」


 程なく、教師がやってきた。


 二人だ。

 和やかに挨拶をしてきた一人は、見覚えがない。

 もう一人は、土属性の大男キーブン・ブリッドである。


「早速だけど、調査結果について話そう」


 目深にフードを被り、メガネまで掛けている。

 若い男であることはわかるが、それ以上はわからない。


 キーブンが後ろに控えているので、彼よりは上役に当たるのかもしれないが。


「……」


 クノンが知らない教師である。


 何も不思議ではない。

 見たことのない、会ったことのない教師も、まだまだたくさんいるはずだ。

 

 完全に引きこもって、研究や実験に没頭している。

 そんな人は教師にも生徒にもいるのだから。


 ――ただ、クノンだけは。


 見えている(・・・・・)クノンだけは、今、違う不思議に直面していた。


「調査の結果、いくつもの偶然が重なった事故であると判明した。

 一つ欠けても起こらなかったことだし、一つ多くても起こらなかったかもしれない。


 だから、グレイ・ルーヴァは今回は事故で処理すると決定したよ。全部不問だ」


 不問。

 あからさまにほっとする者もいたし、いまいち腑に落ちないという顔の者もいる。


 だが、それが正式な通達であるなら、受け入れるだけだ。


「――詳細は教えてもらえないんですか?」


 生徒の一人が挙手する。


「教えられないんだ。

 さっき言った通り、偶然が重なった結果だからね。その中には君たちの実験や研究が含まれている。


 簡単に言うと、君たちの研究成果を開示しなければならない。


 だからできないんだ。

 調査結果を話すとなると、君たちのやっていることも話さなければならない。それは秘匿の権利を奪うってことだからね」


 確かにそれだは嫌だ、と思う者が多かった。


「まあ早々起こる事故じゃなかった、とだけ言っておくよ。こんな偶然、さすがに二度はないだろうね」


 数百年以上の歴史がある魔術学校でも、始めてのケースだ。

 もし次があるなら、また何年も先のことだろう。


 それが学校側の結論だった。


「次に、この森の処遇だ」


 ――そこだ。


 その一点にしか興味がない聖女は、心なしか前のめりになる。


「森はこのまま残すそうだよ。第十一校舎は別の場所に建て直すから、そのつもりでいてね」


 ――やった!


 聖女は喜んだ。

 表向きはなんの変化もないが、心の中では拍手喝采で舞い踊っている。


「レイエス・セントランス」


 心の中で舞い踊っている聖女に、教師が声を掛ける。


「今聖教国に問い合わせをしている。公表は許可が出てからになるから、君もそのつもりでいてね」


 ――輝魂樹(キラヴィラ)のことだ、とすぐにわかった。


「わかりました」


 そもそも教皇から命じられている。

輝魂樹(キラヴィラ)のことは誰にも話すな」と。


 教師に言われずとも、聖女から誰かに話すことはない。


「調査報告はこんなところかな。

 気になる点も多いとは思うけど、話せない事情があることも含めて呑み込んでおいてほしい。

 次に、森に残っている私物についてだが――」





 話を要約すると。


 第十一校舎内にあった物は全部回収できた。

 しかし分類ができていないので、それは各々でやること。


 損壊・紛失による補填は、すべて学校が行う。

 これは事故である。

 人為的な要素はないと判断されたので、犯人はいないのだ。


 所有物は返ってくるし、弁償もしてくれる。


 調査結果こそ明確ではないが。

 それでも、生徒にとってはまあまあ納得できる結果となった。


「それと、これだ」


 そして教師は、ポケットから丸い箱を出した。


「あ」


 クノンは声を上げた。

 彼が出したものに、ものすごく見覚えがあったからだ。


 その声に反応して、教師の視線が向けられる。


「君のかな?」


「あ、はい、いえ、僕のっていうか、共同制作で……」


「そうか。これについて少し話をしたいんだけど、いいかな?」


「……えっ」


 これは、なんだ。

 個別で呼ばれる理由とは、なんだ。


「まさか、すごく怒られる感じの流れですか……?」


 理由のわからない教師の呼び出しは、怖い。

 しかも相手はまったく知らない教師だ。


 声こそ穏やかだが。

 今は穏やかだから逆に怖い。意図がわからなすぎて怖い。


 ――いや、クノンは違う意味でも、彼が少し怖かった。


「怒る? いや、興味深い魔道具だから話を聞きたいんだ。伝えることもあるしね」


 伝えること。

 何を伝えるつもりだ。


「……あの、先生はここの先生なんですよね? 魔術師の」


「……? そうだよ?

 滅多に表には出てこないから、ここにいる生徒は皆私を知らないとは思うが。君とも初対面で間違いないよ。


 私の名前はグラヴィス、光属性の教師だ」


 そうだろう、とクノンは思った。

 立ち位置からして、教師で間違いないだろう、と。


 現にそれらしい魔力もちゃんと感じている。





 ――だが、だからこそ。


 そこが問題なのだ。


 なぜだろう。


 なぜクラヴィスの背後には、何も見えない(・・・・・・)のだろう。




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