135.森の調査と 後編
二人は森の奥へと向かう。
「おっと。……野菜ですね」
夜。
そして森の中。
非常に足元が見づらい中、クラヴィスは何かを踏みかけた。
丸い何かだ。
一瞬誰かの生首が転がっているかと思ったが、何のことはない。
ただの野菜である。
よく見れば、そこら辺にごろごろしている。
「水瓜だな。うまかったぞ」
黄色の地に、黒い縞模様の入った瓜である。
教師たちがサンプルとして持ってきたので、グレイ・ルーヴァは味見済みだ。
水分量が多く、とても瑞々しくて甘かった。
教師の何人かが「塩を振るとうまい」と言っていた。
グレイ・ルーヴァは「こいつら頭がおかしいのか」と思ったことが、強く印象に残っている。
甘い物に塩など気が触れているとしか思えない。
「おまえの遠い孫は、最近植物や野菜を育てているそうだ。それが
「らしいですね。想像より広範囲で驚きました」
それはグレイ・ルーヴァも同感だ。
森の入り口こそ森らしくなっているが、中はあまり背の高い木がない。
その代わりに。
見渡す限り、何かしらの野菜や果実、香草が育っていた。
規則性も季節性もなく、乱雑に。
見る者が見れば楽園とでも呼ぶかもしれない。
あらゆる作物が育つ場所で、それが事実であると一目でわかるから。
「本当だ。おいしい」
「あ? 何を食べている」
「木苺です。食べますか?」
「儂は好かん。酸っぱいだろう」
「いえ、甘いですよ。丁度いい酸味はありますが、甘みの方が際立っています」
「丁度いい? 本当か? どれ――」
二人は食べられそうな作物をつまみながら、奥へと向かう。
その歩みは遅かった。
「――いいことを思いついたぞ、クラヴィス」
「はいはい、どうせ酒の話でしょう? 後で聞きますから今は調査をしましょう」
グレイ・ルーヴァは調査を開始することにした。
予想通り酒の話だったからだ。
――聖女レイエスにワイン用の葡萄を育ててもらいたい。
思いのほか作物の出来がいい。
どれか一つは二つだけ、という話ではない。
すべてがいいのだ。
レイエスの手で育てた葡萄が、果たしてどれほどのワインになるのか。
いや、ワインじゃなくてもいい。
とにかく酒であればいい。
非常に楽しみである。
「色々と気になる物があるな。とりあえず魔力を感じる物を集めてみるか」
グレイ・ルーヴァを構成する影が広がる。
作物は当然として。
クラヴィスや光球も飲み込む影は、しかしなんの影響も与えない。
黒いものに飲み込まれてはいるが。
それでも、クラヴィスの視界を害することもなく、光球たちも避けるような動きは見せなかった。
「――どうだ?」
瞬時に影が収束する。
と――二人の足元には大小様々な物品が集まっていた。
数は多くない。
これくらいなら、調べるのもそう手間は掛からないだろう。
「ひとまず魔法薬は除きましょう」
クラヴィスはビン詰めの薬品を除く。
次は加工済みの霊草。
それから魔力を帯びた素材。
それらをより分けると、小さな箱がいくつか残った。
これらは魔道具である。
「これは……あ、グレイ、それは開けないで」
「ん?」
今まさに小さな箱を開けようとしていたグレイ・ルーヴァを、クラヴィスが止めた。
「恐らく霊草シ・シルラの保存箱の試作品です。
日数による耐久・劣化テスト中のものだと思われます。開けたら台無しになりますよ」
「ほう。……確かに日付が書いてあるな」
「仕込んだ日付でしょう。中にはシ・シルラの加工薬が入っているはずですよ」
「わかった。同じ型の箱は全部除け」
魔道具のより分けが済むと、最後には不思議な形の箱が残った。
数は十数個。
多少の大小の差はあるが、形は同じ金属の箱である。
薄く平たい丸型の箱。
手のひらサイズから大きなフライパンサイズまである、金属性である。
「これはなんだ? 知っているか?」
「心当たりはありません。試作品二型と書いてありますね」
「儂の持つ物には六型と書いてあるな」
形の同じ丸い箱には、すべて名が付けられている。
一型から十五型まで。
「順当に考えるなら、試作品の一号から十五号まで、ということになるか?」
「私もそう思います。ということは、十五号が最新作ですね」
となると、だ。
「失敗作なら開けても構わんよな?」
最新作が十五号なら、一号から十四号までは失敗作である。
まだ開発の途中であるなら、十五号も含まれるだろうか。
「そう、ですね……生徒の研究材料に勝手に触れるのは抵抗がありますが」
「今は安全優先だ」
これが危険物である可能性がある。
森を発生させた原因かもしれない。
その原因を調べるために、ここまでやってきたのだ。
箱の中身は知らないし、用途もわからないが。
この森ができたことで、この箱も、何らかの影響を受けているかもしれない。
元は危険物じゃないかもしれない。
だが、今は危険物に変わっているかもしれないのだ。
「開けるぞ」
何が起こっているかわからない。
生徒に開けさせる方が危険と判断した。リスクを負わせるわけにはいかない。
だから、グレイ・ルーヴァは自分で開けることにした。
「……ほう?」
箱は何の抵抗もなく開いた。
中には何もない。
ただ、力を帯びた魔法陣が上下に描かれているだけだ。
もしこの箱に何か入れるなら、魔法陣で挟み込む形となる。
ただ、何かが入る隙間はない。
閉じれば上下がピタリと接する。
つまり、物が入るわけではなさそうだ。
「その魔法陣は――」
「
グレイ・ルーヴァはニヤリと笑う。
この箱の意図がわかった。
「魔術をはじく魔法陣同士で、何かを挟んでおきたい。そんな発想の箱だな」
「……ああ、そうか。魔術を閉じ込めたい、という発明品ですね」
「だろうな。ならば答えは出たな」
「そうですね」
やはり闇の精霊だ。
彼らは、暗くて狭くて誰も来ない、静かな場所を好む。
もっと言うと、先の条件に加えて魔的要素を感じる場所にいる。
この発明品は、奇しくも闇の精霊が好む環境を備えている。
「――あなた方の友達がどこにいるか、教えてくれますか?」
クラヴィスの言葉ではなく意思を読み、漂う光球が足元の箱に集まった。
やはり。
この箱のどれかの中に、闇の精霊がいるようだ。