<< 前へ次へ >>  更新
136/196

135.森の調査と 後編





 二人は森の奥へと向かう。


「おっと。……野菜ですね」


 夜。

 そして森の中。


 非常に足元が見づらい中、クラヴィスは何かを踏みかけた。


 丸い何かだ。

 一瞬誰かの生首が転がっているかと思ったが、何のことはない。


 ただの野菜である。

 よく見れば、そこら辺にごろごろしている。


「水瓜だな。うまかったぞ」


 黄色の地に、黒い縞模様の入った瓜である。


 教師たちがサンプルとして持ってきたので、グレイ・ルーヴァは味見済みだ。

 水分量が多く、とても瑞々しくて甘かった。


 教師の何人かが「塩を振るとうまい」と言っていた。

 グレイ・ルーヴァは「こいつら頭がおかしいのか」と思ったことが、強く印象に残っている。


 甘い物に塩など気が触れているとしか思えない。


「おまえの遠い孫は、最近植物や野菜を育てているそうだ。それが輝魂樹(キラヴィラ)の力で野生化しているとさ」


「らしいですね。想像より広範囲で驚きました」


 それはグレイ・ルーヴァも同感だ。

 森の入り口こそ森らしくなっているが、中はあまり背の高い木がない。


 その代わりに。


 見渡す限り、何かしらの野菜や果実、香草が育っていた。

 規則性も季節性もなく、乱雑に。


 見る者が見れば楽園とでも呼ぶかもしれない。

 あらゆる作物が育つ場所で、それが事実であると一目でわかるから。


「本当だ。おいしい」


「あ? 何を食べている」


「木苺です。食べますか?」


「儂は好かん。酸っぱいだろう」


「いえ、甘いですよ。丁度いい酸味はありますが、甘みの方が際立っています」


「丁度いい? 本当か? どれ――」


 二人は食べられそうな作物をつまみながら、奥へと向かう。

 その歩みは遅かった。





「――いいことを思いついたぞ、クラヴィス」


「はいはい、どうせ酒の話でしょう? 後で聞きますから今は調査をしましょう」


 グレイ・ルーヴァは調査を開始することにした。

 予想通り酒の話だったからだ。


 ――聖女レイエスにワイン用の葡萄を育ててもらいたい。


 思いのほか作物の出来がいい。


 どれか一つは二つだけ、という話ではない。

 すべてがいいのだ。


 レイエスの手で育てた葡萄が、果たしてどれほどのワインになるのか。


 いや、ワインじゃなくてもいい。

 とにかく酒であればいい。


 非常に楽しみである。


「色々と気になる物があるな。とりあえず魔力を感じる物を集めてみるか」


 グレイ・ルーヴァを構成する影が広がる。


 作物は当然として。

 クラヴィスや光球も飲み込む影は、しかしなんの影響も与えない。


 黒いものに飲み込まれてはいるが。

 それでも、クラヴィスの視界を害することもなく、光球たちも避けるような動きは見せなかった。


「――どうだ?」


 瞬時に影が収束する。


 と――二人の足元には大小様々な物品が集まっていた。


 数は多くない。

 これくらいなら、調べるのもそう手間は掛からないだろう。


「ひとまず魔法薬は除きましょう」


 クラヴィスはビン詰めの薬品を除く。


 次は加工済みの霊草。

 それから魔力を帯びた素材。


 それらをより分けると、小さな箱がいくつか残った。


 これらは魔道具である。


「これは……あ、グレイ、それは開けないで」


「ん?」


 今まさに小さな箱を開けようとしていたグレイ・ルーヴァを、クラヴィスが止めた。


「恐らく霊草シ・シルラの保存箱の試作品です。

 日数による耐久・劣化テスト中のものだと思われます。開けたら台無しになりますよ」


「ほう。……確かに日付が書いてあるな」


「仕込んだ日付でしょう。中にはシ・シルラの加工薬が入っているはずですよ」


「わかった。同じ型の箱は全部除け」


 魔道具のより分けが済むと、最後には不思議な形の箱が残った。


 数は十数個。

 多少の大小の差はあるが、形は同じ金属の箱である。


 薄く平たい丸型の箱。

 手のひらサイズから大きなフライパンサイズまである、金属性である。


「これはなんだ? 知っているか?」


「心当たりはありません。試作品二型と書いてありますね」


「儂の持つ物には六型と書いてあるな」


 形の同じ丸い箱には、すべて名が付けられている。

 一型から十五型まで。


「順当に考えるなら、試作品の一号から十五号まで、ということになるか?」


「私もそう思います。ということは、十五号が最新作ですね」


 となると、だ。


「失敗作なら開けても構わんよな?」


 最新作が十五号なら、一号から十四号までは失敗作である。

 まだ開発の途中であるなら、十五号も含まれるだろうか。


「そう、ですね……生徒の研究材料に勝手に触れるのは抵抗がありますが」


「今は安全優先だ」


 これが危険物である可能性がある。

 森を発生させた原因かもしれない。


 その原因を調べるために、ここまでやってきたのだ。


 箱の中身は知らないし、用途もわからないが。

 この森ができたことで、この箱も、何らかの影響を受けているかもしれない。


 元は危険物じゃないかもしれない。

 だが、今は危険物に変わっているかもしれないのだ。


「開けるぞ」


 何が起こっているかわからない。

 生徒に開けさせる方が危険と判断した。リスクを負わせるわけにはいかない。


 だから、グレイ・ルーヴァは自分で開けることにした。


「……ほう?」


 箱は何の抵抗もなく開いた。


 中には何もない。

 ただ、力を帯びた魔法陣が上下に描かれているだけだ。


 もしこの箱に何か入れるなら、魔法陣で挟み込む形となる。


 ただ、何かが入る隙間はない。

 閉じれば上下がピタリと接する。


 つまり、物が入るわけではなさそうだ。


「その魔法陣は――」


決戦用魔法陣(イグラィグ)をベースにしたものだな。なるほど、なるほど」


 グレイ・ルーヴァはニヤリと笑う。


 この箱の意図がわかった。


「魔術をはじく魔法陣同士で、何かを挟んでおきたい。そんな発想の箱だな」


「……ああ、そうか。魔術を閉じ込めたい、という発明品ですね」


「だろうな。ならば答えは出たな」


「そうですね」


 やはり闇の精霊だ。


 彼らは、暗くて狭くて誰も来ない、静かな場所を好む。

 もっと言うと、先の条件に加えて魔的要素を感じる場所にいる。


 この発明品は、奇しくも闇の精霊が好む環境を備えている。


「――あなた方の友達がどこにいるか、教えてくれますか?」


 クラヴィスの言葉ではなく意思を読み、漂う光球が足元の箱に集まった。


 やはり。

 この箱のどれかの中に、闇の精霊がいるようだ。




<< 前へ次へ >>目次  更新