134.森の調査と 前編
「――軽く調査した結果は以上になります」
謎の森が生えた日の夜。
校長室には、森の調査に乗り出していた教師たちが集まっていた。
植物と薬草学を研究しているキーブン・ブリッドと。
彼を始めとした、土属性の教師数名だ。
世界でも名の知れた魔術師が教師を勤める学校である。
これほど有能な調査員はいない。
「ふむ。内部は畑のようになっていた、か」
調査結果を聞いたのは、「四角い影」の中にいるグレイ・ルーヴァである。
「痕跡を見るに、収穫期を繰り返して種が落ちたのではありません。枯れるほどの速度で成長はしていないようです。
恐らくは、レイエス・セントランスが自分の研究室に保管していた種が地面に落ち、それらが芽吹いた結果だと思われます」
鉢や水耕から野生に還った作物や果実、香草は、思った以上に広がっていた。
しかも、出来がいい。
形こそ不揃いだが、大きさと品質はなかなかだった。
いくつかサンプルとして持ち帰って味見した。
濃いし香りもよく、何より大きい。
果実好きには嬉しい大きさだ。
「これは売れる!」と満場一致で思った。
きっと栄養価も高かろう。
野鳥たちがあの場所を守ろうとしていた理由がよくわかった。
あの森ならエサは豊富。
外敵もいない。
巣を作るに打ってつけだろう。
まあ、今は風魔術で追い出してしまっているが。
それでもかなりの抵抗があったとかなかったとか。
「生徒たちの私物やレポート、本はどうなった?」
「ありました。校舎の残骸とともにあちこちに散らばっているようです」
校舎の内部から、巨木――
中から破壊されただけに、四方に散っているようだ。
畑にあったり、香草の中に埋もれていたり。
しかし校舎の瓦礫の方が圧倒的に多いので、全てを回収するのは不可能に近いだろう。
「――わかった。あとは儂に任せよ」
だが、この件はグレイ・ルーヴァが請け負っている。
任せろの一言が出た。
その瞬間から、不可能は可能になった。
「……ん? なんだ?」
教師の一人が挙手していた。
「あなたが何をするか見ていたいのですが」
立場こそ違うが。
教師もまた、生徒と同じく探究者である。
いまだに学ぶことが多いのだ。
グレイ・ルーヴァの魔術に興味がないわけがない。
「あぁ? ああ……別に大したことはしないよ。この世界と儂の作った異界を一体化させて、入界許可を下すだけさ。
今回は、瓦礫や紙、本といったものを許可して、それ以外を除く。これで回収はできるだろう」
この世界と、異界。
異界の存在は知られている。
だが、自分で世界を作る魔術など、教師たちも初耳である。
「――魔道はもっと深いぞ。想像よりもっともっとだ。この儂とて未だ果てを知らんくらいにな。
もっと発想を自由に羽ばたかせろ。常識に縛られるな。たまには手探りじゃなくて遠くに投げてみろ」
そんなグレイ・ルーヴァの教えとともに、話は終わった。
世界有数の魔術師たち。
そんな彼らでも、まだ、彼女の足元にもいない。
それがわかっただけでも、教師たちには大変な収穫だった。
夜。
月明かりに照らされた魔術学校には、まったく人気がない。
そんな時、件の森の前に二人の人影があった。
一人は、人型の影そのものである。
グレイ・ルーヴァだ。
遠目で見ようが近くに寄ろうが、星影も吸い込むような完全な影である。
だが、未発達な身体のラインだけはわかる。
十二、三歳くらいの少年か少女のようだ。
もう一人は、美しい銀髪の男である。
月明かりさえも見劣りしそうな美貌は、この世の者とは思えないほど整っている。
名はクラヴィス・セントランス。
大昔の十七王大戦で活躍した初代聖女の実子にして、最も
今はただのクラヴィスとして、この学校でのんびり教師をしている。
「お供しますよ。グレイ」
「好きにしろ」
短いやり取りを交わして、二人は森へ踏み込んだ。
途端――
「やはりか。聖女の血は面白いな、クラヴィス」
そこかしこで、白く輝く光球が浮かんだ。
大小さまざまだ。
大きいのは人くらいもあるし、小さいのは指先程度。
それが森中に。
何百も、あるいは何千も。
遠目で見たら、この森がぼんやり光って見えるかもしれない。
「好かれすぎるのも考え物としか言えませんが」
光球の正体は、光の精霊である。
森を発生させる。
その証拠に、向こうから二人に語り掛けてこない。
まだ言語や意志さえおぼつかないのだろう。
自我さえないかもしれない。
「どこかから今代聖女と一緒に入り込み、そのまま住み着いていたんでしょうね」
「だろうな」
聞けば、昨今のレイエス・セントランスは頻繁に結界を使っていたそうだ。
結界内は、光の精霊が過ごしやすい環境となる。
紛れ込んでもおかしくないし、頻繁に使っていたなら住み着く可能性も高い。
その証拠に、この数だ。
恐らく精霊の数は、十や二十では利かないだろう。
「ここまでは予想できた。問題は何をきっかけに動いたか、だな」
住み着くだけならいい。
せいぜい植物の成長が早いとか、作物の出来がいいとか、その程度だ。
問題は、なぜ急に張り切って力を振るい
「クラヴィス。心当たりはあるか?」
「光の精霊が出てきた以上、精霊絡みである可能性は高いですね。
聖霊と言えば、少し前に、生徒が闇の精霊を呼び出す実験をしましたね。あの時の精霊が敷地内に残っていたのかも」
「なるほど。友達ができたせいか」
光と闇は、世界創生の根源である。
光と闇。
気が狂うほど仲が良く、狂いたくないから反発し合う。
そんな関係だ。
まだ自我がないなら、存在意義のまま触れ合うこともあるだろう。
その結果が、天地創造――の、極小版。
今回で言えば、
そしてこの森だ。
「しかしこの場所は、闇の精霊には適さんだろう」
闇と名が付くだけあって、闇の精霊は明るい場所を好まない。
一日の半分は明るい地上には、滅多なことでは現れない。
もしいるとすれば。
「合理の派閥」が拠点にしている人工迷宮の最深部くらいだろう。
だが、距離がある。
あそこまで離れていれば、ここの光の精霊と交信はできないはずだ。
「グレイ、これ以上のことはここではわかりません。奥へ行きましょう」
「ああ」
光球の騒ぐ森の中、二人は足を進めた。