133.鳥は許さない
サーフ・クリケットは、今後の方針についても語った。
まず、書類や本やその他金属などは回収できる。
明日には完了するが、全部混ざっているから選別は自分たちですること。
全て分け終わるのは最長一ヵ月を想定している。
その間に第十一校舎の再建を行い、必要な後始末もする。
この大森林化事件の解決は、今年度が終わるまでを見越している、ということだ。
なお、もし単位が足りない者がいたら、選別完了により単位を一点ないし二点を与えるそうだ。
次に、研究室に置いていた私物。
物品の故障及び破損。薬品の紛失等々。
これに関しては金銭もしくは金品での補償をする。
その際支払うのは、この件に関わった者になる。原因追及の上に責任を問うものとする。
要するに、犯人に損害賠償責任を負わせる、という話だ。
現時点でわかっているのは、何割かは聖女負担になるかもしれない、という話である。
「――被害が校舎だけだったのは幸いだった。寮だったらもっとややこしくなっていただろう」
慰めになるような、ならないような。
だがサーフの言葉もわからなくはない。
校舎――自分の研究室に泊まることはあっても、住んでいる者はいない。
だからこの件で負傷者はいないし、各々明日の雨風をしのぐ場所もちゃんと残っている。
もちろん、寮が被害に遭えば。
被害総額も倍以上に跳ね上がっていたことだろう。
ちなみに校舎の再建は学校側が負担するそうだ。
学校施設の修繕費は学校持ち。
生徒個人の財産は事故を起こした者の自己負担、という感じだろうか。
「危なかったな」
「そうですね」
クノンとベイルを含む魔帯箱開発チームは、つい先日まで活動していた。
当然のように泊まりがけも多かった。
まあ、クノンは門限のせいで毎日帰宅はしていたが。
でも、気持ちは先輩方と一緒に泊まっていた。
身体は帰宅するが、気持ちだけはいつでもあの場所に置いて行った。
そのつもりだ。
――なんだかよくわからない理屈だが、クノンはそう思っていた。
とにかく。
泊まっている時に事件が起こらなくて助かった。
「あ、戻ってきた」
やや具体的な話が済んだ頃。
森に行った、または居場所に還った聖女レイエスが、教師キーブン・ブリッドと共に出てきた。
具体的な話が出たところで、生徒たちは落ち着いてきていた。
もう聖女を責めよう、なんて思う者はいなかった。
何しろ、聖女有責の話ではない可能性があるのだ。
責めるのはお門違いであるかもしれない以上、あまり強くは言えない。
そんな聖女は、入った時と同じ無表情で出てきた。
――ただし、格好はボロボロになっていたが。
美しい銀髪は乱れに乱れ、顔や服に泥汚れが付いている。
まるで森で転んだかのようだ。
クノンの魔力視は、細かい違いは見えないが。
それ以外の見える者は、何かがあったと一目で気づいた。
「大丈夫か? ――何かありましたか?」
聖女の乱れっぷりにサーフが声を掛ける。後の言葉はキーブンに向けられたものだ。
「まあ、なかったとは言わんが……」
キーブンは苦笑している。
「サーフ先生」
ボロボロなのに無表情の聖女に呼びかけられ、サーフは少し動揺した。
「あ、ああ。なんだ? どうした?」
「風の魔術で鳥よけをお願いします」
「鳥?」
「――鳥は害獣です。私は鳥を許さない」
どうやら聖女は鳥に襲われたようだ。
とりあえずだ。
「それぞれの派閥に注意事項を伝えておいてくれ。
では、解散」
必要な話は済んだので、解散となった。
ここを拠点にしていた者はともかく。
野次馬たちは、それぞれいるべき場所へと散っていった。
掻い摘んで言うと。
森が発生した理由は、これから調査が入る。
調査結果が出るまで立入禁止。
第十一校舎は、これから一ヵ月を掛けて再建する。
今のところ覚えておくべきことは、この三つだけだ。
「クノン、俺も一旦拠点に戻る。中の回収が済んだらまた来る」
「わかりました。後日また」
「実力の派閥」の代表であるベイルも、通達事項を持って一旦戻ることにした。
元々特級クラスの生徒は少ない。
それだけに、第十一校舎を拠点にしていた生徒も少ないのは、不幸中の幸いだろう。
迷惑を被った者も少ないし、賠償金も少なめで済むはずだ。
「それで、中はどうでした? 何か危険は?」
サーフは、十名足らずの生徒がいる前でキーブンに問う。
森の中はどうなっていたか、と。
普通なら、教師たちだけで情報を共有すればいいかもしれない。
だが、ここに残っている生徒たちは、一応は関係者である。
最低限のことは知る権利がある。
何より、迂闊に入り込む者が出てくるかもしれない。
ちょっと必要な物を取りに行くだけだから、と。森を甘く見て。
何があるかわからない場所に、軽い気持ちで入られては困る。
「いやあ、すごいよサーフ先生」
と、キーブンは笑う。
「この中、作物でいっぱいだったよ」
「作物、ですか……それは野菜とか果実とか?」
「そうそう。
どうもレイエス・セントランスの研究室にあった植物が根を張り、野生化しているようだ」
――キーブンは、中央の巨木が
だからこそ、この不可解な緑化事件に、非常に強い興味と関心を持っていた。
まあ、知ったところで興味も関心も薄れるとは思えないが。
「周辺……森の外側は、校舎外にあった雑草なんかが広がったみたいだ。
でも中はまさに畑のようだよ。
鳥が集まっているのも、ここは食べ物が豊富だからだ。果実の熟れた匂いとかすごかった」
そんな説明を聞き、クノンは理解した。
聖女が鳥を憎むに至った理由。
それは、襲われたからではない。
自分が大切に大切に育てていた作物を、鳥に食い荒らされていたからだ。
しかも鳥たちは、「これはもう自分たちのものだ」と言い張るように、聖女を排除しようとしたのだろう。
聖女からしたら、我が子を取り上げられた気分になったに違いない。
許しがたいと思うはずだ。
――その聖女は今、同じ校舎に研究室を構えていた女生徒たちに、身だしなみを整えて貰っているが。
さっきは責めたりもしたが。
落ち着いた彼女たちは、もうその気はない。
それどころか、たまに果実や野菜といったものを、聖女からお裾分けしてもらっていたそうだ。
知らない仲ではなかったらしい。
あの聖女がご近所付き合いもしていた。
あの聖女が、だ。
知らなかった。
クノンは地味に驚いた。
「危険らしい危険はなかったと思う。
人を食いそうなほど大きな食虫植物もあったが、俺たちにも鳥にも無反応だった。
あれも危険はなさそうだな」
「そうですか。ではひとまず害はないと見てよさそうですね」
「そうだな。本格的に調査はするが、中で育っている植物の傾向を見るに、危険はないだろう。
環境的に魔物が迷い込む場所でもないし」
何しろディラシック魔術学校の敷地内である。
もっと言うと、ディラシックという都市の中である。
鳥型のようなものを除けば、魔物が陸路で来られるような場所ではない。
――更に言うと、
並の魔物では近づくことさえできない。
「わかりました。では鳥よけだけ仕掛けておきましょう」
聖女じゃないが、鳥は遠ざけるべきである。
鳥は種を持ってくる。
食べた果実や植物に含まれた種を運び、フンとして大地に返す。
これが確実に芽吹くのだ。
まだ調査も始まっていないのに、森が広がってしまう。
それはさすがにまずい。
そんなことを考えながら、サーフはちらりと聖女の方に目を向けた。
「――え、ほんと!? 大きなトマトがなってたの!?」
「――大粒の木苺が群生!?」
「――肉は生えてないのか? 俺の肉は回収無理だろうな……」
「――僕はリンゴが好きだけど麗しき君たちはどんな禁断の果実の味が好きなのかな?」
あの辺は注意を無視して森に入りそうだな、とサーフは思った。