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131.今後の方針と、聖女の第一声





「――アッハッハッハッハッ!!」


 朝も早くからその報を聞き、グレイ・ルーヴァは大笑いした。


「一晩で校舎一つ潰したかい! いいじゃないか! 実にいい!」


 校長室に報告を持ってきたのは、教師サーフ・クリケットである。

 彼は呆れた顔で、目の前の「四角い影」を見ていた。


「笑い事じゃないでしょう」


 校長室である。

 この影の中に、グレイ・ルーヴァがいる。


 サーフはまだ彼女の尊顔を見たことはない。


 だが、影越しで何度か酒を呑み、言葉を交わしたことがある。

 彼女は呑み会や忘年会などにはたまに来るのだ。


 偉大な方であるのは間違いない。

 こと魔術に関する相談事で、返答がなかった試しはない。


 それと同時に、意外と話しやすい人だ、というのも知っている。


「笑わないでどうする! 成功も失敗も大いにやればいいのさ! 最近の魔術師はやれ理論だ理屈だとやることが小さいんだよ! 退屈極まりない!」


 後始末をする側からすれば、とんでもない発言だ。


「で? 誰がやったんだい?」


「恐らくは特級クラス一年生のレイエス・セントランスです」


「ああ、聖女か。……アッハハハハハッ! 今度の聖女は面白いな! 前の聖女もその前の聖女も大人しすぎてまったく記憶にないよ!」


「だから笑い事じゃないですって」


 校舎はメチャクチャだ。

 わずかたりとも原型をとどめていない。


 そこを拠点にしていた生徒もたくさんいたのに。


「聖女に森か。輝魂樹(キラヴィラ)でも芽吹かせたかね」


輝魂樹(キラヴィラ)、ですか……」


 古代の樹木の名前である。


 聖教国の崇める神の樹、と認識している。

 彼の国の教典にも出てくる名だが、サーフはそれくらいしか知らない。


「実在するんですか?」


「するよ。

 昔は瘴気の影響が強くてね、痩せた土地、枯れた土地ばかりだったのさ。


 そんな世界を蘇えらせたのが、何十何百という輝魂樹(キラヴィラ)だ。

 あの宗教の言い伝えはほぼ事実さ。輝女神キラレイラの与えた霊樹の種が、この世界を復活させたんだ。


 まあ、今となっては用なしだがね。癖のある特性を持つただの木さ」


 まるで見てきたかのような言葉である。


 ――いや、実際見ていたのかもしれない。


 彼女は不老不死だと言われている。

 いつから生きているかなんて、本人しか知らない。


「あれは魔的要素の多い場所で芽吹かせたら、あっという間に育っちまう。瘴気も一種の魔的要素だからね。だから吸い込んじまうのさ。

 魔術学校(ここ)で育てようとしたなら、そりゃいきなり大きくもなるだろうさ」


「……大変興味深い話ですが、その辺のことは一旦置いておきましょう。

 これからどうするかを伺いたいのですが」


 生徒たちも困惑していることだろう。

 サーフとしては、一刻も早い解決案を提示し、生徒たちを安心させたい。


 聖女レイエスも、今頃は自分のやらかしたことに顔を青くしているかもしれない。

 彼女のためにも早期解決するべきだ。


「魔術学校の意義としては、そのまま残すべきだろうね。

 あの木は研究のし甲斐があるよ。どんな種だって輝魂樹(アレ)の周りに植えたら確実に育つ。

 時期も気候も関係ない。水分だって必要としない。おまけに悪いものをはじく呪術効果も持っている。

 教師も生徒もきっと興味を抱くはずさ」


 確かに興味深い。

 植物関係は専攻していないサーフでも、非常に関心のある特性である。


「力を使い果たしたら枯れちまうが、それだって百年も二百年も先だろう。

 まあ、その頃にはこの街全てが森になっているだろうがね。ヒッヒッヒッ」


 だから本当に笑い事じゃないのだが。


「このまま残すおつもりですか?」


「まず言いたいのは、これは失敗なのかい?」


「……いえ、違うと思います」


 そう、失敗ではない(・・・・・・)

 あくまでも育てたモノが規格外すぎただけ、という話だ。


 校舎を潰したことだって、聖女レイエスの意図するところではなかっただろう。


 彼女はあくまでも育てるのが目的だった。

 それ以上は何もなかったはずだ。


 履き違えてはいけない。

 あくまでも、結果が大変なことになっただけなのだ。


「ならば撤去や移動など無粋ではないかね? 儂は、どこまでも魔術を探求できる安全な環境を提供しているつもりだ。

 人道を外れない限り、魔術師のやったことに咎を与えるべきではない。その成果だって本人が望まないなら残すべきだね」


 魔術を探求できる安全な環境を提供する。

 それがこの学校の存在意義だ。


 この言葉は、教師なら誰もが知っている、まず覚えるべき校長の教えである。


 いくつか校則なども存在する。

 だが、実はそこに彼女は関わっていない。

 あくまでも、学校経営がやりやすいように、経営をしていた者が作ったルールだ。


 グレイ・ルーヴァは、先の大原則以外のことを求めないし、強いたりもしない。

 今も昔も変わらずに。


「では木のことはそうしましょう。

 しかし、壊れた校舎の中には、生徒たちの研究や実験の成果が残されています。それはどうにかしないと」


「つまり輝魂樹(キラヴィラ)に巻き込まれた無機物を取り出せれば良いのだな?

 儂に任せよ。どうせ第十一校舎も再建せねばならんからな。

 生徒には、たかが敷地内に小さな森ができただけで大騒ぎするな、とでも伝えておきな」


 よかった、とサーフは胸を撫で下ろした。


 グレイ・ルーヴァが「任せろ」と言ったなら、もう安心だ。

 世界一の魔女は、約束を違えない。


「――それにしてもわからんな」


 サーフの気が抜けた瞬間の言葉だった。


 一瞬、グレイ・ルーヴァが何を言ったかわからなかったが。

 彼女はサーフの返答を待たず続けた。


「たった一晩で森だと? いくら魔的要素の多い魔術学校(ここ)でも、そこまでは成長せんはずだが……

 誰かが何かしたかもしれんな」


「……? つまり、人為的な何かがあった、と?」


 誰かが輝魂樹(キラヴィラ)を成長させたのか?

 何のために?


「半分当たりだな」


 首を傾げるサーフに、グレイ・ルーヴァは言った。


「――何者かが関わったのは確かだろう。しかし人には無理だ。ゆえに、人以外の何かの仕業だろうな。


 さて。

 精霊か妖精か、はたまた神の悪戯か。こればっかりは調べてみんとわからんな」










「――ちょっと! あれあんたの木でしょ!」


「――どうしてくれるのよ! 私の教室メチャクチャなんだけど!」


「――俺の買い置きの肉もあそこにあったんだぞ!」


「――私の単位カードも!」


 変わり果てた第十一校舎に、犯人と思しき人物がやってきた。


 聖女レイエス・セントランスだ。

 彼女は大きな木を見上げながら、ゆっくりと歩いてきた。


 責める人など見えないのか、その視線は大木から離れない。


「待て待て! 責めてもなんの簡潔にもならないだろ!」


「実力」代表ベイルが庇うが、如何せん責める声が多すぎる。


「お、落ち着いてください! 魅力的なあなたたちに怒りなんて似合いませんし、ひとまず彼女の話を聞いてからにしましょう! 魔術に失敗なんて付き物じゃないですか!」


 クノンも必死になって庇い立てた。


 先日の狂炎王子との一戦で。

 具体的に言うと、クノン×狂炎王子だか狂炎王子×クノンだかの一件で。


 あれ以来、異様に女子人気が高まっているクノンの言葉は、まあまあの影響力があった。

 少しだけ女子の声は収まった。


 そして、引っ張られるように男の声も少し鎮まった。


 これで聖女の声が通りやすくなった。

 聖女の言葉を聞く体勢が整った。


 ここで謝罪の言葉が出れば、ひとまず、この場は収まりそうだ。


 社会経験も交友経験も少ないクノンにさえ、それがわかった。


 怖いのは、社会経験も交友関係もクノンより少なく。

 かつ、感情が乏しい聖女に、正解がわかるかどうかだ。


 ――外してもいい。

 ――せめて、火に油を注ぐような言葉じゃなければ、それでいい。


 クノンも、ベイルも。

 責める気がない者も。

 可愛い女の子を責めてるなんてどうかしてるぜと思っている野次馬も。

 あるいは、もっと騒ぎになれと思っている野次馬も。


 固唾を飲んで、聖女の言葉を待った。


 彼女は、周りに一瞥さえくれず。

 森の前に佇み。


 すーっと静かに涙を流し。


 そして、口を開いた。





「――私の子が、あんなに大きく育って……」


 謝罪の言葉じゃなかった。

 だが、なんだかよくわからないが泣いている。


 責めるべきか。

 責めざるべきか。


 微妙に判断が難しいところだ。




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