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120.あと二週間の遅れ





「――はい、ご苦労さん」


 サトリの研究室にて。

 彼女から差し出されたカードを、クノンは受け取った。


 念願の単位カードである。


 聖女との共同実験と並行して、クノンはサトリの助手として働いていた。

 その期限二週間も、今日で終わりだ。


「本当にこき使ってくれましたね」


 午後から夕方まで。

 午前中は商売があるので、午後からにしてもらったが。


 その作業量はなかなかのものだった。


 主にサトリの発言の口述筆記と、覚書などの清書。

 口述筆記は、水踊虫の観察における推測や推論、各種データなどを読み上げるので、その記録である。


 それから授業内容の話し合いをした。


 サトリは時々二級クラスで教鞭を執ることがあるそうだ。


 非常に楽しかった。

 もはや個人的に、サトリの授業を受けるようなものだったから。


 ――教師同士としてサトリとジェニエと相談する様子も、よかった。


 魔術師としてはパッとしないのかもしれない。

 だが、やはりジェニエには教育者の才はあるのだと、改めて思った。


 自分を基準にして、わかりづらいところをわかりやすく噛み砕く言葉の選び方に、生徒への気遣いを感じた。


 優秀な人が教師に向いているとは限らないように、その逆もあるのだろう。 


 恩師の素敵な姿を見て、クノンは胸が熱くなった。

 まあ、見えないが。


「なんだい不満かい?」


「全然。時間があって身体が疲れなければ、もっとお供したかったです」


 やはりサトリ・グルッケはすごかった。


 研究室には何度も足を運んでいるが。

 ちゃんと彼女の実験に付き合ったのは、今回が初めてだった。


 さすが世界でも有名な水の魔術師だ。

 彼女の知識量と発想力は、若輩のクノンなど足元にも及ばない。


 そう何度も思わされた。


 時間さえあれば、このまま傍で学びたいところだが。


「あと門限がなければ」


 もうすぐ十三歳になるが、クノンはまだまだ子供である。

 侍女と相談し、門限を設けてあるのだ。


「それに関してはあたしも残念だよ。思ったより使える助手だったからね、もう少し付き合わせたかった」


 ――サトリの本心である。


 少々ひねくれたババアである自覚はあるから、滅多に人を褒める気はないが。


 しかし、臨時の助手が存外いい働きをした。

 気分がいいので言ってやった。


 優れた助手は実験・研究の速度を上げる。

 それも安定して、だ。


 水踊虫の実験も順調に進み、そろそろ次の段階に入れそうだ。

 予定より少し早いくらいだ。


 つまり、助手がいい働きをしたという証拠だ。


 時々鋭い意見や質問が来るのもよかった。

 うっかり見落としていて、ハッとすることもあった。


 悔しいから絶対に表には出さなかったが。


「単位が欲しければまたおいで。あんたなら歓迎するよ」





 研究室を出て、帰途に着く。

 日中はすっかり春めいた陽気となってきたが、夕方となると、やはりまだ少し寒い。


「さて」


 これで単位はだいたい揃った。

 現段階で、あと一つ足りないかも、くらいのところである。


 それくらいなら調整できるだろう。


 またサトリの手伝いに来てもいいし。

 ぜひ来たいくらいだし。 


 今年度の残り日数は、約半年。

 大まかに決めたスケジュールに添った形となった。


 明日から、「魔術を入れる箱」の開発に挑もう。


 まずは「実力の派閥」代表ベイルに会いに行って、それから―― 


 クノンはそんなことを考えながら、歩いていく。





 そして翌日。


「あ、クノン君だ」


 早速「実力の派閥」の拠点である古城へ向かうと、食堂で友達三人とおしゃべりしていたエリア・ヘッソンに見つかった。


「こんにちはエリア先輩。あれ? 今日の先輩って昨日より美人になってませんか?」


「昨日どころかしばらく会ってないけどね」


 そんな軽口を叩きつつ、


「ベイル先輩に会いに来たんでしょ?」


 と、クノンが用件を言う前に切り出された。


「いいえ。僕がわざわざ男に会いに来るわけないじゃないですか。当然エリア先輩に会いに来たんです。ベイル先輩はついでに会うだけです」


「ついででも会う予定ではあるんだよね」


 ある。


 というか、つい女性を優先したようないい加減なことを言ったが。

 やはりそっちが本題だ。


「数日前ね、もしクノン君が来たら渡してくれって、先輩から手紙を預かってるよ」


「ベイル先輩から?」


 そうだよ、とエリアは手紙を差し出す。


「なんだろう。デートのお誘いだったらお断りだけど」


 何気なくそう言いつつ、簡単に封をしてあるだけの手紙をその場で開ける。

 改まった手紙ではないので構わないだろう。


「――狂炎王子とはテートしたのに?」


 そう言ったのは、エリアとおしゃべりしていた彼女の友達の一人である。


「あの方はちょっと特別ですから」


 クノンがそう答えると、彼女たちはきゃーと嬉しそうな悲鳴を上げた。


 なんの悲鳴だろう、とは思ったが。

 しかしそれどころじゃなかった。


「……二週間……」


 ベイルの手紙の内容に、少々戸惑っていたからだ。


 手紙の内容は簡潔だ。


 まだ単位が足りない。

 あと二週間くらい掛かりそう。

 頼むから待っててくれ。


 ――以上である。


 クノンも困ったように、ベイルも単位で難儀しているようだ。


 これはベイルが怠慢に過ごしていた、いうより。

 半年で単位十点を取り切る、というのが少々きついスケジュールなのかもしれない。


 まあ、忘れていないなら構わない。

 二週間くらいなら待っていられるので、準備だけ進めつつ待つのもいいだろう。


「……あれ?」


 手紙には二枚目があった。

 一枚目と重なっていたので、気づかなかった。


 二枚目の内容は。


 内容は話してないが、ルルォメットとシロトにも声を掛けてある。

 誘う気があるなら向こうにも会いに行ってみてくれ。


 ――以上である。


「……なるほど」


 確かにベイルは言っていた。


「実力の派閥」は協力して実験するのに向いてない。

 協力するなら「調和の派閥」がいい、と。


 それと「合理の派閥」も小人数での実験なら問題ない、と誰かが言っていたはずだ。


 幸いクノンは、「合理」代表ルルォメットと「調和」代表シロトとは面識がある。


 二人にもしばらく会っていないので、会いに行くのもいいだろう。


 一応三派閥に属する身でもあるのだし。

 すっかり忘れていたが。

 



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