115.幕間
面白い勝負だった。
近年稀に見る、いい勝負だった。
そうなるように図ったわけではない。
互いが、その時の最善と判断した上で、応酬していた。
実力が近いのもよかった。
未熟なのもよかった。
だから決定打となる手札が、お互いに少なかったのだ。
魔術師同士の戦いは、どうしても大技で決まる場合が多い。
強力な魔術でねじ伏せられる、という形だ。
見栄えはいいが、見所は少ないのだ。
だが、この勝負はそれとは違う。
水の魔術師が飛ぶ、というのも面白い。
縦横無尽に宙を舞い、火球から逃げ回っている。
そして逃げ回りながらも、時折輝く線が放たれる。
あれは光魔術の「
空を逃げる水に対し、地を支配する火。
火の魔術師の制御能力は、教師顔負けだ。
水の攻撃が当たっている。
だが、怪我をしてなお操作と制御を続けられる精神力は、尋常ではない。
水の攻撃は、派手さはないが相当ダメージが大きい。
そんなものが雨のように降ってくるのだ。
全てを避けるのは不可能。
急所だけは避けているが、着実に傷が増えていっている。
「――ここらか」
そう呟いたのは、「異影箱」の中から見ていた魔女である。
それから程なく――水の攻撃が、火の魔術師の右目を貫いた。
魔女は唸った。
眉間に当たりそうだった一撃を、ギリギリで避けた。
今のはよかった。
極限状態にありながら、なお勝負を投げようとしない気持ちが表れていた。
帝国貴族の誇りを感じた。
負けが許されない皇子の執念を感じた。
だが致命傷である。
ここらで止めねば死ぬだろう。
そう思っている内に、火球が水の魔術師を捉えた。
燃えながら落ちていく。
あれももう終わりだ。
「双方手数が足りないのう」
ニヤリと笑い、指を振る。
眼下の若い魔術師たちは、突如現れた「黒い箱」に覆われた。
――そして、ボロボロになった二人が、魔女の目の前に現れる。
「……おや。もう死んでるねぇ」
今、仲良く二人の生命反応が消えた。
どうやら保護が少しばかり遅れたようだ。
クックックッ、と魔女は楽しげに笑う。
これまで何度か「死んでも治す」とは言ってきたが。
本当に死んだ者は久しぶりだった。
実に愉快。
ここまで魔術に入れ込む者など、昨今珍しい若造どもだ。
「――これでよし、と」
魔女が魔術を使うと、二人の鼓動が戻った。
まるで
二人を蘇生させて。
また「黒い箱」に入れて、医務室に送っておいた。
これで楽しい時間は終わりだ。
一応見ておくか、くらいの気持ちで来たが、思ったより楽しめた。
今はこれで充分。
これからの成長に期待するばかりだ。
そして魔女――グレイ・ルーヴァは、その場所から消えた。
「……」
起きるなり、まず右目を確認する。
治っている。
問題なく見えるし、違和感もない。
――よかった、とジオエリオンは思った。
自分はどうなってもよかった。
それこそ死んでも納得できたが、納得しない
帝国の皇子というのも、面倒が多いのだ。
自分の我儘に付き合わせたクノンに、これ以上の迷惑は掛けたくない。
だから、よかった。
怪我さえなければ、なかったことにできるも同然だ。
「おう、起きたか」
「身体に不調はありませんか?」
恐らくここは医務室だろう。
視線を向ければ、友人兼護衛のガスイースとイルヒの姿があった。
中年の女性……恐らく治癒のできる教師と一緒に、テーブルを囲んでいた。
「ああ、もう大丈夫だ。……クノンはどこだ?」
ふと隣を見たが、隣のベッドは空いている。
この部屋にはいないようだ。
「聖女レイエス様の教室に運ばれたであります。治療もそちらでするそうです」
「そうか。無事なら構わん」
ベッドから起き出し、護衛たちが用意したのだろう服を着る。
元の服は穴だらけだ。
血の痕も付いているはずなので、もう着られない。
「ジオ様」
イルヒに声を掛けられ、視線を向ける。
「楽しかったでありますか?」
愚問である。
ジオエリオンはフッと笑い、応えた。
「もちろんだ。いつものように楽しくなさそうに見えたか?」
イルヒは「全然」と首を横に振る。
「あの時のジオ様は、自分たちでも見たことないがくらい楽しそうでした。正直焼けたであります」
「焼くな。つまらなそうに見えても、俺はそれなりに楽しんでいるさ。――帰るぞ」
魔力を使いすぎたし、ついでに血も流しすぎたせいだろうか。
少々身体は重いが、心の中は晴れ晴れとしていた。
楽しかった。
久しぶりに、なんの遠慮もなく、力いっぱい魔術を使った。
だから非常に気分がいい。
「では自分はクノン殿の様子を見るついでに、帰ることを言付けてきます。ガース殿、ジオ様を頼みます」
イルヒを見送り、教師に礼を言い、ジオエリオンとガスイースは医務室を出た。
「なあガース」
「なんだ」
「クノンには許嫁はいるのか?」
「ん? ……いや、どうかな。普段のナンパな態度からしていないんじゃないか? そうじゃなければよその女にちょっかいなんて出さないだろう」
「そうか。……アウロラの婿に。どう思う?」
「身内を使って縁者に迎える気か? 許嫁はいないと思うが、ヒューグリア王国が貴重な魔術師を他国に渡すとは思えないな」
「……そうだな。血を失いすぎたせいか、つまらん事を思いついてしまった」
「そんなに気に入ったか?」
「俺が女だったら、あるいはクノンが女だったら。
絶対に逃がさなかったと思う」
――いずれまた再戦を。
あれほど痛い目に遭っておきながら、ジオエリオンはもう次を考えていた。
この執着心はなんなのか。
自分でもわからない。
もし異性なら、この気持ちを恋と呼んだのかもしれない。
それくらい、クノンのことばかり考えている。
「そうか。よかったな、男同士で」
「まったくだ」
他国の魔術師同士。
そして互いに王侯貴族。
これで男女の仲になっていたら、ものすごく揉めているところだ。