114.危なかった
「本当に危なかったわね」
「本当に危なかったですよ」
第一声がそれだった。
クノンは意識を取り戻した。
ここは見慣れた聖女の教室である。
いつかのように、目が醒めたらベッドの上だった。
光属性の教師スレヤと、この教室の主である聖女レイエスがテーブルに着いていて。
起き上がったクノンを見て、言った。
危なかったと。
「……」
クノンは理解した。
勝負は終わったのだ、と。
ジオエリオンとの勝負の最中、いつの間にか気を失っていた。
だが、ちゃんと覚えている。
自分は実力を出し切った。
ちゃんと、遠慮なく、殺す気で戦った。
相手もそうだったと信じたい。
そして、彼の期待に応えられたと信じたい。
決して退屈させなかったと。
魔力の使い過ぎで疲労が残っている。
しかし、身体の痛みや傷がないのは、目の前の光属性持ちが癒してくれたからだろう。有難い存在である。
――そんな彼女たちの第一声が「危なかった」だ。
察するに、かなりの重体だったのだろう。
そう聞かされると心配になる。
「先輩は? 先輩は大丈夫ですか?」
「まず自分の心配をしたらどうです?」
聖女に言われて気づいた。
今回はいっぱい燃やされたので、案の定の裸だった。
クノンはゆっくりと優雅に胸を隠し、再度「先輩はどうしたか」と訊ねる。
「ここはベッドが一つしかないので、別室で治療しましたよ」
「あの子も危なかったわ」
二人は少しだけ教えてくれた。
結果――クノンの想像より、ひどい有様だったらしい。
最終的に、クノンは火球を食らった。
追撃の二つ目、三つ目、火蝶も加わり、燃えながら火の海に落ちたそうだ。
対するジオエリオンは、クノンの「
その上、最後に右目を貫かれて致命傷を負った。
それでもなお、魔術の操作を手放さったそうだ。
彼の精神力は尋常じゃない。
「えっ!? 先輩が致命傷!?」
説明を聞いてクノンは驚いた。
戦っている最中は、夢中だった。
とにかく火球から逃げながら「
当たったかどうかを確認する間はなかった。
仕留めたなら、火の魔術が止まる。
止まらないなら……と、そう思って攻撃をし続けた。
ジオエリオンの魔術操作にブレがなかったので、全然当たっていないと思っていた。
痛みや衝撃は、操作の妨げになるから。
だが、実際は結構当たっていたそうだ。
「あなたも充分致命傷でしたよ。本当に危なかった」
今でこそ全身つるつるの元の姿だが。
勝負の直後は、クノンはほぼ全身に火傷を負った状態だった。
放っておいたら死んでいただろう。
もちろんジオエリオンもだ。
どちらも致命傷だった。
勝負の結果は、誰がどう見ても、相打ちである。
「僕のことはいいんです! 先輩の容態は!?」
自分は生きていて、今こうして話している。
つまり無事は確認できている。
なら、相手は?
「治しましたのでご心配なく。ついさっき彼の友人がやってきて、皇子の意識が戻ったから連れて帰ると伝えに来ましたよ」
クノンは胸を撫で下ろす。
確かに殺す気でやったが。
しかし、実際に殺してしまうわけにはいかない。
身分や立場上のアレもあるが、個人的に嫌だ。
気が合う人だ。
得難い人だ。
絶対に失いたくない。
「もうすぐクノンの着替えが届きますので、しばしお待ちを」
少し前のサーフ・クリケットとの勝負と同じである。
同じ顛末を迎え、同じ流れに乗っているようだ。
「そんなところで胸を隠してないで、こちらに来たらどうです? 香草茶くらいなら出しますよ」
「いいの? 僕今すごくセクシーだけど」
「子供の裸は見慣れているし、もう二度目だから大丈夫ですよ」
じゃあ大丈夫だな、とクノンは思った。
「スレヤ先生も大丈夫ですか?」
「え? ええ、私は筋肉ムキムキの人が好きなので。クノン君にセクシーは感じないかな」
じゃあ大丈夫だな、とクノンはテーブルに向かった。
親愛なる婚約者様へ
春の息吹を感じ始めた昨今、いかがお過ごしですか?
まだまだ寒い日が続きますが、もうじき温かくなることでしょう。
あなたの陽だまりのような温かい笑顔が懐かしいです。
そちらに変わりはありませんか?
僕は機会に恵まれ、二人の男性と魔術で戦うことができました。
片方は教師です。
魔術学校の先生は、あまり生徒と勝負をしないようなのです。
こういう機会は本当に少なく、貴重な体験ができました。
詳細は、手短にまとめても事実と考察と対策に紙面数十枚を要するため、今回は見送ることにします。
先生はすごかったです。とても強かったです。
僕はボロボロにされて、裸にされて、ベッドに送られました。
もう片方は、一つ上の先輩です。
身分のある方なので詳しくは書けませんが、他人とは思えないほど気が合う人で、驚きました。
価値観が似ているのかな? 考える事が似ているのかな?
そんな不思議で興味深い人です。
彼は熱かったです。
普段は冷静で冷徹さも感じさせるのに、魔術は熱かったです。
僕の心も熱くなっていました。
きっと彼の心も、あの時は熱かったに違いありません。
そして僕はまたボロボロにされて、裸にされて、ベッドに送られました。
負けはいいですね。
学ぶことがとても多い。
僕はまた、魔術の奥深さを知ることができました。
戦いを経て、いろんなアイデアが浮かんできました。
僕はまだ、戦うための魔術を、あまり開発できていなかったようです。
転用はあるけど、という感じで。
戦闘技術は、ほぼ未開拓の分野でした。
親から禁止されていたのもあり、習得を見送っていたところもあるのですが。
攻撃を知れば、必要以上に相手を傷つけない戦い方ができる。
力があれば、力を抑え込むことができる。
これからちゃんと学んでいきたいと思っています。
また先輩とたくさん話したいな。
殿下の騎士訓練はいかがですか?
怪我などしていませんか?
僕は先の勝負で怪我をしましたが、治癒魔術師がいるので、とても助かっています。
本当は怪我なんてしない方がいいですが……
でも、騎士という職業柄、やはり怪我をすることもあるかと思います。
前回手紙に書いた魔道具ですが、もうすぐ実を結びそうです。
真っ先にあなたに送ります。
僕の精一杯の気持ちを込めて。
ぜひ、御守りとして受け取ってください。
春が来ます。
殿下の好きな春の花を、こちらで探してみようと思います。
見えないけど、あなただと思って傍にいてもらいます。
あなたと会える日を待つクノン・グリオンより 永遠の愛を込めて
追伸
最近侍女が「男同士ってどう思います?」と聞いてきます。
意味がわからないのでなんか怖いです。
殿下はどういう意味かわかりますか?
第四章完です。
お付き合いありがとうございました。
よかったらお気に入りに入れたり入れなかったりしてみてくださいね!!