109.では明日の午前中、学校で。
「――ジオ様。明日からどうする?」
魔術学校の二学期が終了した。
これから約三週間の長期休暇となる。
いや、教師の号令が終わった今、もう休暇は始まったも同然である。
帰り支度をしていたジオエリオンの下へ、護衛のガスイース・ガダンサースがやってきた。
彼は土属性なので、教室が違うのだ。
――友人でもあり護衛でもあり同居人でもある通称ガースは、すでにジオエリオンの予定を知っているだが。
何の愚問だと思った瞬間、その意図を理解した。
「今度の休みは帝国に帰らなくていいからな。ディラシックに残ってのんびり自習でもするさ」
この質問の答えを欲していたのは、周囲の者たち――
二年生火のクラスの生徒たちに向けて、だ。
なぜだかジオエリオンは、二級クラス全体の代表のように扱われている。
だからこそ、彼の動向だけは知っておきたい、という者が多いらしいのだ。
もちろん権力関係のこともある。
どれだけ家や権力は関係ないと言っても、身分がある者が多いだけに、どうしても割り切れないのだろう。
別に周囲に気を遣っているわけでもない。
しかし、多少予定を漏らすだけで周囲が動く。
その結果、お互い過ごしやすくなるので、このくらいは必要な情報の漏洩である。
「そうか。では私ものんびり過ごせそうだ」
質問の意図がちゃんと伝わったことにガースは頷く。
「――不肖イルヒ! 最近巷で噂のオレンジレッツィなる甘味を食べに行きたいであります!」
うるさい方の護衛も来た。
イルヒ・ボーライルは火属性なので、ジオエリオンと同じ教室である。
「なんだか知らんが料理人に作ってもらえ」
と、ジオエリオンは席を立った。
――ここ数日、ジオエリオンは非常に楽しく過ごすことができた。
反乱だ期末試験だと、退屈している暇もなかった。
試験は無事終わったが。
一年生水のクラスが中心となって行われた反乱は、今も継続している。
その結果、二級クラスは全体的に荒れている。
特に、因縁があるせいか帝国出身者が多く挑まれているとか。
時に返り討ちにしたり、時に敗北したりしているそうだ。
ジオエリオンも何度も挑まれた。
そして全て返り討ちにした。
それでこそだ、と思いながら挑戦者をねじ伏せてきた。
ここは魔術学校。
反乱も下剋上も、魔術であれば容認されるべきだと彼は思っていた。
恐らくは学校側も同じか、類似した意見を持っているのだろう。
だから教師は止めない。
むしろマッチメイクの協力さえしてくれる。
しかし面白い。
実際戦ってみると、実力がよくわかる。
普段表に出ていないだけで、実は隠れた実力者もいるのだ、と。
特に一年生水のクラスに所属する、アーセルヴィガの王子と帝国のローティア公爵令嬢。
あの二人の実力はかなりのものだった。
一度敗れてなお、何度も挑んでくるアーセルヴィガの王子の根性も気に入った。
――だが、本音を言うなら。
現在のジオエリオンの頭の中は、眼帯の少年のことばかりである。
自分で言っておいて何だが、随分焦がれているな、と苦笑するほどに。
「イルヒ」
歩きながら、少し後ろを付いてくる護衛の名を呼ぶ。
「どうやら俺はもう待ちきれないようだ」
長期休暇に入ったのだ。
試験も終わったし、祖国に帰る予定もない。
もう、我慢する理由はない。
「ようやく想い人と再会する気に?」
――イルヒは、ジオエリオンの様子を見ていて「あ、今クノン殿こと考えてるな」とわかる時が多々あった。
まさに恋煩いの少年のようだ、と思ったものだ。
言ったら余計気にしそうだったから言わなかったが。
「想い人か。あながち間違いとも言えないかもしれないな」
我ながら珍しい、とジオエリオンは思う。
人にも物にもあまり執着するタイプではないと思っていたが。
あの少年には、出会った時から、強く意識している。
「そろそろクノン殿とやりますか?」
「ああ。日程はクノンに任せる。他の段取りは君が決めてくれ」
「承知致しました!! ガース殿、ジオ様のこと頼みます!!」
帰途に着くジオエリオンらとその場で別れ、イルヒは反対方向へ歩き出した。
方々を回って、準備の段取りを付けて。
イルヒは最後にクノンの研究室にやってきた。
「――失礼します!!」
ノックの返答を貰い、イルヒはドアを開けた。
「お久しぶりです、イルヒ先輩」
いた。
ジオエリオンの想い人が、散らかった教室のそこにいた。
テーブルで書き物をしていたようだ。
「……少し片づけた方がいいでありますよ」
自分も挨拶しようとしたが、その前に。
部屋の散らかり具合の方が気になってしまった。
雑で大雑把と思われがちだが、イルヒは割ときっちりしている。
なので、部屋の惨状に引いていた。
積み上げていた書類が崩れて、そのままになっているとか。
完全に踏まれて足跡が付いた書類とか。
もう、考えられない。
何この部屋。
「よく言われます」
よく言われているのか、とイルヒは呆れた。
言われても片付けないんだろうな、と思ってより呆れた。
「あー……お忙しそうなので本題だけ。
ジオ様が、いつがいいかって言っております」
足の踏み場がないので中に入らず。
イルヒはもう用事だけ済ませて帰ることにした。
「僕はいつでも。あ、早い方がいいです」
クノンは「何が」とも「あの約束のことか」とも聞かず即答した。
即答できる辺り、どうやら向こうも想い焦がれていたようだ。
「では明日の午前中、学校で。食堂辺りで待ち合わせしましょう」
「わかりました」
クノンの研究室を出て、イルヒはここまで来たルートをもう一度なぞる。
早々に決まった予定を通達するためだ。
少々大変だが、苦はない。
イルヒも火属性のはしくれ。
ジオエリオンとクノンの勝負は、彼女も楽しみだった。