107.羨ましいという話
「――ジオ様ジオ様! 面白い話を仕入れて来たぞ!」
と、食堂の個室にカケッタが飛び込んできた。
「ノックくらいしろ。客人の前だぞ」
「おっと失礼。クノン君来てたんだ」
「お邪魔してます」
そう、ここにはクノンもいた。
ジオエリオンらと出会って、早三日。
この三日、クノンは昼食を彼らと過ごしていた。
彼らは忙しいようなので、昼食だけだ。
まだまだ全然話し足りないが、時間が許さないので仕方ない。
ジオエリオンを始めとした、男四人に女一人の帝国の者たち。
ガースとイルヒは護衛。
カケッテ、ユーヴァン、カステロは友人で、一緒にいたりいなかったりする。
今日はカステロがおらず、カケッテは今来たところだ。
相変わらず男の率が多い場である。
「それで、面白い話とは?」
「あ、僕邪魔ですか?」
気を遣うクノンに「いや大丈夫」と返し、カケッテはテーブルに着いた。
「一年が反乱を起こしたぞ。今二年の教室に殴り込んでる」
「は? ……反乱?」
「そう。狙いはジオ様だ」
「……? 何事だ」
まるで話が見えない。
「面白そうな話でありますな!! 理由如何によっては自分はジオ様の敵に周りたいであります!!」
護衛のはずのイルヒが敵になりたいと言っているが。
しかし、誰もそこには触れなかった。
彼女はそういうことを言う性格なのだろう。
「ほら、ジオ様の威光を笠に、帝国の連中が横暴に振る舞ってるって話があっただろ? あれに対する反乱だ」
「ああ、あれか」
ジオエリオンが納得すると同時に。
あ、とクノンは声を漏らした。
「僕もその辺の事情が少し気になってました」
今更隠すようなことでもないので、クノンは語った。
少し前に、二級クラスの授業に混ざったことは話したものの。
その目的までは話していなかった。
あの件は、教師による個人授業をエサにクノンは参加した、というだけの話になっている。
その真意は、伏せていた。
「先輩を知れば知るほど、何かの間違いだとしか思えなかったから」
だから、伏せる理由はなくなった。
ここ三日ほど、毎日彼らと顔を合わせている。
その結果、彼らは威張ったり偉ぶったりなど、一切しなかった。
特にジオエリオンだ。
狂炎王子のせいで二級クラスは荒れている。
彼の存在が帝国勢の後ろ盾になっている。
元凶は彼だ――と、そんな感じの話を聞いていたのだが。
「先輩は一度も帝国の皇子としては発言していないし、行動も起こしていない。なら威光も何もないでしょう」
クノンの知る狂炎王子は。
自分と同じかそれ以上に魔術にのめり込んでいる、ただの見習い魔術師である。
正直、他のことなど二の次だとさえ思っている。
そんな人だ。
何度も何度も思った。
この人は自分に似ている、と。
もはやもう一人の自分なんじゃないかと思うくらいに。
「……そうか。クノンは俺をそう見るか」
ジオエリオンは小さく息を吐いた。
「自分で言うのも何だが、俺は誤解されやすい。偉そうに振る舞っているつもりはないのに偉そうに見えることもあるらしい。俺にそんな気はないんだがな。
この件に関しては、俺は関係ない。
ただ、帝国出身者が俺の名前を使って、少々横暴に振る舞っているだけの話だ」
それが二級クラスが荒れている理由である、と。
「もう少し正確に言うと」
と、無口なユーヴァンが穏やかに言う。
「ジオ様の魔術師としての腕に加えての権力だね。魔術師として一目置かれているからこその構図だと思う」
要は強者としての存在感、といったところか。
「止めようとはしなかったんですか?」
「俺に関係ないのに? 俺が出る筋合いはないだろう」
きっぱりと断じると、膝の上に水猫を乗せたガースが一言漏らした。
「そういう冷たい物言いが誤解を生むんだがな。言葉足らずはよくない。私たちはわかるが、意図が通じないとクノンに愛想を尽かされるぞ」
「……ああ、そうだな」
その物の言い方で、ジオエリオンは何度か失敗したことがあるようだ。
「ここにいる俺は、ただの魔術学校の生徒だ。権力を持ち込まないというルールを遵守するただの一生徒だ。
たとえ俺の威光だ立場だを利用する者がいたとしても、それは俺に関係あることだろうか?
俺は魔術を学びたいだけだ。他所事になど構っている時間はない」
忙しいジオエリオンは、学校で過ごす時間をとても大切にしている。
面倒事には拘わるつもりはないし、興味が向かないこともしたくない。
だからこそ家名を名乗らない。
ここにいるのはただの一人の生徒。
今皇子としてのジオエリオンを求められても困る、というのが言い分だ。
「仮に
帝国の恥晒しをどうにかするなら、家名を使ってでも排しよう。
だが、今俺が出る筋合いはない。まだ俺に迷惑を掛けていないからな」
自分は何もしていない。
迷惑も掛けられていない。
だから何もしない。
「そもそも双方おかしいだろう。
ここに権力はないはずなんだ。あるとすれば――クノン、ここにあるのはなんだと思う?」
きっと想いは同じだろう。
そんなジオエリオンの期待を感じた。
「ここには魔術しかないですね。先輩の言う通り、権力はないです」
そしてクノンは確と答えた。
期待した通りの答えを。
「そうだ。魔術しかないんだ。
だったらやることは決まっている。不満があるなら魔術で決着をつければいい。誰であれ、何であれな。
ありもしない国だ身分だ権力だなどにこだわるから、
反乱なんて大袈裟な事件を起こす理由はない。
ただまっすぐ俺に向かってくればいい。気に入らないと言いながらな」
極端に言えば、文句があるなら魔術で言え、という話だ。
「二級クラスはいいですね」
クノンは羨ましくなった。
「あなたに立ち向かう理由がたくさんある。何度だって戦えるし、反乱だって起こせる。あなたも何度だってそれを受け止めるでしょう?
この学校に来て、初めて特級クラスであることに不満を感じました」
ジオエリオンは笑った。
「奇遇と言うべきか? 当然と言うべきか?
俺もずっと君と戦いたいと思っている」
もし同じ二級クラスなら。
とっくにクノンはジオエリオンに挑んでいるだろう。
帝国勢がどうこう、という戦う理由を引っさげて。
きっと何度も挑んでいるだろう。
「僕の挑戦も受けてくれます? 戦う理由はないですけど」
「勿論だ。だが今は間が悪いな」
二級クラスはもうすぐ期末試験だ。
そして反乱もある。
きっと近い内にジオエリオンに挑む者が出てくるだろう。
「――二級クラスなら、こんな交渉もいらないんでしょう? 気に入らないから戦え、って言えばそれで済むのに」
「俺も君に同じ言葉を贈ろう」
ジオエリオンは立ち上がる。
昼食はもう終わりだ。
「互いに焦がれて待とうではないか」
それから、昼食の席で会うことはなく。
クノンは自分のやるべきことをこなしながら、時が過ぎるのを待った。
ジオエリオンの言う通り、会いたいと焦がれながら。
きっと向こうも同じ気持ちだろう、と確信を持ちながら。
反乱は失敗したそうだ。
一年生水のクラスが狂炎王子に挑み、敗北。
しかし反乱の火は消えず、何度も挑んでいるらしい。
一度会ったきりのアゼルとラディア。
そして彼らの意思に同調した協力者たちが立ち上がり。
ジオエリオンを筆頭に、帝国出身というだけで絡んで勝負を挑むという、話だけ聞くと荒れた学校生活となっているとか。
それも羨ましいな、とクノンは思った。
ジオエリオンと戦うのも、ほかの生徒と戦うのも、素直に羨ましい。
特級クラスは自分の魔術と研究に夢中な者が多いので、誰かに勝負を挑むという雰囲気がないのだ。
クノン自身も、特級クラスでは協力して何かをする方が、しっくり来ると思っている。
言ってしまえば、二級クラスは揉めやすいのだ。
同じ場所に、出身も思想も違う同年代が押し込められるせいだろうか。
理由はわからないが、意地を張りたい環境なのだろう。