102.火属性の者と何かしたい
どうも待ち伏せされていたようだ。
「――聞いたぞクノン。負けたって?」
朝。
クノンが学校の敷地に入ったところで、同期ハンク・ビートと会った。
「――あのサーフ先生と戦ったんだって?」
もう一人の同期リーヤ・ホースも一緒だった。
「二人とも久しぶりだね」
霊草や魔道具関係で。
いわゆる仕事の都合で、聖女とはよく会っているが。
クノンが彼らと会うのは久しぶりだった。
それぞれ無事派閥に属したし、生活費の目処も立った。
その結果忙しくなったので、近頃はあまり会わなくなっていた。
クノンとサーフの勝負を聞きつけた彼らは、朝からクノンを待っていたらしい。
「それがさ、聞いてよ――」
昨日の説明をするのも、なんだかんだで四回目である。
一回目は、聖女に。
二回目は、サトリの研究室で。サーフもいたので無事検証もできた。
そして三回目は、侍女リンコにだ。
ジェニエが服を調達した先が、クノンの住んでいる借家だったからだ。
よって、彼女はある程度事情を聞かされていたのだ。
クノンが帰るなり「戦っている最中に服を脱がされたって聞きましたよ!」と。
それはそれは興奮して嬉しそうに問われ、話すはめになった。
――「男が男に脱がされる……なんだかとてもいけない感じがしていいですね!」と言い切った侍女に、クノンは久しぶりに困惑した。
侍女の発言に困惑。
幼少期の頃を思い出した。
今思い返せば、イコには随分困惑させられていたんだな、と。
今更気づいた。
そして色々と慣らされた結果が、今である。
今ならわかる。
もう何も知らなかった子供の頃とは違うのだ。
もしかしたら、イコの教えは、世間一般の常識や良識から、大きくズレていたのではないか。
そんな疑問が、うっすらと見えてきたような……
……いや、今はそんなことはいいだろう。
もう三回も話しているので、それなりに説明が上手くなっているクノンは、歩きながらでも充分な話をすることができた。
「――ようクノン! 楽しい話を聞いたから確かめに来たぜ!」
「――ウフッ。怪我とか大丈夫? ……ははっ、怪我した?」
「――ひさしぶりー」
その後。
午前中だけだが、三級だの二級だのの教室に出掛けていたので、久しぶりに自分の借りた教室に詰めていると。
「実力の派閥」代表ベイル・カークントンを始めとした、ジュネーブ、エリアの三人がやってきた。
「久しぶりですねエリア先輩! 僕先輩に会いたかった!」
「あはは。君は変わらないね」
ちなみに魔道具関係で、ベイルとジュネーブとはよく会っている。
だから特に歓迎の挨拶はない。
「サーフ先生との話ですか?」
「そうだ。教師と勝負ってのはなかなか珍しいんだよ。たぶんおまえが思っている以上にな」
なるほど、とクノンは頷いた。
今朝同期たちが待っていたのも、こうしてベイルたちが会いに来たのも。
教師との勝負が貴重な体験だと知っていたからか。
クノン自身も、滅多にないことだと思っていたが。
しかし、もしかしたら、自覚以上にもっと貴重な機会だったのかもしれない。
それから。
予想はしていたが、「合理」代表ルルォメットや「調和」代表シロトなど、ちょっと面識のある先輩方が会いに来た。
教師との一戦を聞きたいというのもあるが。
しばらく会っていなかったので、様子見の意味もあったのだろう。
話をして、今度なんか一緒に研究したいね、という漠然とした約束だけして、彼らは帰っていった。シロトだけ教室を片付けて行った。
「――よし」
少々来客が多かったが。
クノンは話をしつつも、ここ数日で溜まっていた覚書をレポートに起こし終えた。
新しい魔術のこと。
サトリから教わったこと。
サーフとの一戦のこと。
その他諸々。
家でも散々書いていたが、これでようやく終わりだ。
これで、ひとまずやるべきことはやった。
「……さて」
これからどうしようか。
サトリには、いつでもこき使ってやるから遊びに来い、と言われている。
非常に興味深いが、一度間を置かないとまずい気がする。
やりたいこと、やるべきことは連鎖する。
あそこに行けば、憧れのサトリの教えを受けられる。
ジェニエもいる。
夢のような環境だ。
油断すると入り浸りになりそうだ。
「……いや、待て」
それも悪くない気がする――と思ったところで、首を横に振って選択肢を振り払う。
何かやるなら同じ属性同士がやりやすい。
クノンの場合は、水だ。
しかし、違う属性同士で何かをするのも、非常に勉強になる。
現にクノンの二番目の師は、土属性だった。
彼の教えは、基礎しかなかったクノンの技術や発想を、大きく育ててくれた。
できることが違うからこそ、新たな発見があるのだ。
希少属性さえもいる魔術学校にいるのだ。
せっかくなら、今まで触れたことのない属性に触れてみたい。
と、なると。
「……やっぱり火、かな?」
水は言うに及ばず。
なんだかんだ言って、学校に来てからは水属性とは多く付き合って来た。二級三級へ混ざったのも水属性の関係からだ。
土は師匠と。
二年も掛けて散々触れ合ったので、今のところ間に合っている。
風は、つい先日サーフと。
再戦なども要望したいところだが、少し間を置いて対応策を考えたくもある。
なら希少属性か?
いや、希少属性は、相手の都合が悪いだろう。
光は、聖女と霊草を育てた。
更に言えば、現在進行形で霊草を使った薬の試作を続けている。
もっと言えば、観察記録を付けている聖女は、長く教室を離れられない身だ。実験に誘っても断られるだろう。
闇も魔も、一人ずつしか心当たりがない。
そして彼らはいつも忙しそうだ。
「……火か。よし、火にしよう」
やはり、今まで関わっていない火属性と何かしたい。
とりあえずハンクに会いに行ってみよう。
彼自身が何かあるかもしれないし、知り合いの火属性に紹介してもらってもいい。
どこかの実験に混ぜてもらってもいいだろう。
何をするかも決めていないが、とにかく火属性と何かがしたい。
一見相反する属性だけに、どんなことができるのか色々試してみたい。
「ハンクは『調和』だったかな」
「調和の派閥」は、確か台形に見える背の低い塔が拠点だったはず。
だいたいの場所しかわからないが、まあ、通りすがりの女子でも捕まえて聞けばいいだろう。
方針を決め、クノンは教室を出た。
「……あ」
教室を出て数歩行ったところで、クノンの足が止まった。
――ここで足を止めなければ、クノンは間違いなく、「調和の派閥」の拠点まで行けたはずだ。
しかし気づいてしまった。
「お腹空いたな」
クノンは時間の経過に無頓着だ。
レポートを書いている間に、とっくに昼は過ぎている。
腹が減って当然の時間である。
まず食堂へ行こう。
クノンの足は、別の方向へと向かう。
そして、出会うことになる。
そこで遭遇する者は。
奇しくも、クノンが会おうと思っていた火属性だった。