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「あれ、いつの間に…… 」

男の牙が晃輝に襲いかかる前に辰美の腕に食らいついていた。

うっすらと血が滲む己の腕をちらりとも見ずに辰美は男を蹴飛ばす。 屋上の柵に叩きつけられた男のうめき声が聞こえるも興味がないと辰美は噛まれた腕を撫でた。

「俺は早く由希と仲良くしたい訳ですよ。 いい加減、うるさい」

呆れたように吐き捨てた辰美の登場に晃輝も男も空いた口が塞がらなかった。

「辰美、腕は大丈夫? 」

そばに駆け寄ってきた由希になんでもないと辰美は呟き、咳き込んだ晃輝の背中をさすった。

「なんだ、お前ら! 関係ないだろう」

「関係はないけど、うるさいから静かにしててほしい」

「来てたのか、てめぇら」

 大丈夫だと辰美の腕を離した昂輝はゆっくりと息継ぎを繰り返す。 

「昂輝さん、大丈夫ですか? 」

 由希の問いかけにうなずいた昂輝は屋上の扉の隣に置いていたひとつの白い箱を由希に手渡す。

 なにが入っているのだろうかと箱を開く。 そこにはチョコレートのホールケーキが入っていた。

「大之助さんにはまったく及ばないだろうが、久々に作ったから由希たちにやろうかと」

 思わず喉が鳴る。 つばを飲みこんだ由希の姿に安堵の息をもらす昂輝は屋上からでていこうとするもおい、という声と共に昂輝の腕を男がつかんだ。

「大和じゃなく、俺を選べ」

 男の言葉に昂輝は首を横に振ると、男の手を振り払った。 なにも言わずに屋上からでていく昂輝の背中を由希は慌てて追っていく。 男をちらりとだけ見つめて屋上からでていく辰美。

 そんな三人の姿に男は舌を打った。


「いまの方って…… 」

 前を歩く昂輝に問うと昂輝は深いため息をこぼした。

「同級生といやいいのか、幼馴染といやいいのか…… なぜか俺につきまとってきて、刻印をつけたい、俺のものになれとしつけぇんだ」

 もう一度、ため息をこぼした昂輝は由希たちに手を振って自分の教室へと戻っていく。 遠くから大和の姿が見えた。


 

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