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「これ、ください」
値段を聞かれたことにより、目の前の男がお客様だと知り由希は驚いた。
普段のお店はほとんどお客様が来ない。 たまに、本当にたまに来るぐらいで気が抜けていたのだ。
思わずひえっとでそうな言葉を飲みこんだ由希は男に値段を告げた。
男はポケットからじゃらじゃらと小銭をひっつかむと由希の手のひらに乗せた。
そのうち値段の代金を受け取った由希は残りを男に手渡す。 男は確認するでもなくポケットに放りこむと店からでていった。
「驚いた…… 久々のお客様だったから…… 」
どくりと鳴り続ける心臓に手をあてたとき、大之助に名を呼ばれて由希は思わず声をもらしてしまった。
「何事? 」
「な、なんでもないです! 」
挙動不審な行動する由希に首をかしげた大之助だが、由希のそばにお菓子を置いてまた奥へと戻っていく。
届けられたのは甘い匂いのするチョコレート。 1つぐらい食べてもいいだろうかと喉を鳴らせ、手を伸ばしたが諦めて元に戻した。
「ちょっと並べるから、黒猫おりて」
由希の言葉に渋々と下りた黒猫の頭を撫でて、届けられたチョコレートを並べていく。
最近大之助が作ったなかでとても美味しそうに見える。 あとで買って帰ろうかと唇に手をあてたとき、その手をなにかにつかまれた。
ねっちょりとして冷たい手につかまれており、そのつかんだ張本人はにんまりと笑みを浮かべていた。
あ、これはやばいなと由希が思うも首をつかまれると抵抗出来なかった。
「久々にみたぜー!! ついてやがる!! 」
店の中に響き渡るほどの声を荒らげた、体にびっしりとしきつめた鱗を震わせて叫ぶ男の姿。
「猫又のお菓子屋で人が働いていると聞いて半信半疑できたがきてよかったぜ! ちょっとこい! 」
意気揚々と鼻息を荒くして由希を店の外へと連れていこうとする男。
「ふしゃー!!! 」
敷居をまたごうとした男に人型となった黒猫のドロップキックが炸裂した。 由希の体は黒猫に受け止められ、男は勢いよく外へと転がっていく。
ドシンという大きな音と共に黒猫は入口の扉を閉めてしまった。
由希よりも小柄な体で軽々と持ち上げる黒猫はレジの隣に由希を下ろすと、姿を元に戻して由希の懐に入りこむ。
入りこむと同時に再び、入口の扉が開かれた。