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「ゆ、ゆきさん! なぜ由希さんが」
大之助の様子を見に来たという前に弓弦はアップルパイを台の上に置くと、己の頬に触れた。 トマトのように真っ赤に染まった弓弦の頬に大丈夫だろうかと首をかしげる由希をよそに甚一郎はくつくつと声をもらす。
「そろそろお店が開いたかなと思って店に来たんですけど、まだでした」
「あ、そ、そう、なんですね。 失礼、しました」
真っ赤な顔を隠すように台所に向かおうとする弓弦は柱に激突する。 大丈夫なのかと声をかける由希に大丈夫ですから、と答えた弓弦は台所にいくもガシャンという物の壊れる音。 それだけでなく痛い、という声とガタンという激しい音に大丈夫だろうかと由希は立ち上がった。
「ちょっと見てきましょうか…… 」
「やめとけやめとけ、余計に物が壊れるからな。 それにしても由希も隅にはおけないなぁ」
「なにがですか? 」
よくわかっていない由希に甚一郎は声にだして笑った。
顔を真っ赤にしたままの弓弦が手に食器を持って戻ってくる。 三人の前でアップルパイを切っていく。 さくりという音が部屋に響き、おいしそうなにおいが広がった。 思わずお腹を鳴らした由希の姿に弓弦はくすりと笑うと由希の目の前にアップルパイを置く。
甚一郎の前に二切れのアップルパイ。 それをフォークで切りとった甚一郎は腰にしがみつく弟の口に運んでいく。 においをかいで口に含んだ大之助を確認して、自分の口に運んだ。
「さっくりしてて、とても美味しい」
由希の感想に弓弦の表情がぱあと明るくなった。 胸をなでおろして安堵の息をもらした弓弦。
「大之助お兄様には劣るかもしれませんが…… 」
「そんなことないです! とてもおいしい」
美味しいともらしながら食べる由希の姿に弓弦は満面の笑みを浮かべた。 自分のアップルパイには手をつけずに、ほおばる由希の顔を眺めている妹の姿にほうと甚一郎は好奇な目で見つめ、にんまりと笑みを浮かべる。
「そういえば由希の好みのタイプってどんなだ? 」
突然の問いに由希となぜか弓弦も吹きだす。
真っ赤に頬をそめた二人の姿に甚一郎は笑いそうになったが、なんとかおさえた。
「タイプって…… 」
「よくあるだろ? かわいいやつがいいとかきれいなやつがいいとか、いろいろあるだろ」
「あ、えっと、そう、ですね。 やっぱりかわいい子かなぁ」
由希が後頭部をひっかきながら答えると、なるほどというように弓弦が何度もうなずいた。
「ほかにはなにかないのか? 」
腰にしがみつく弟の口にアップルパイを押しつけながら、笑みを浮かべる甚一郎に由希は口に手をあててうんと考えてちらりと弓弦を見つめる。
突然視線の交わった由希に弓弦の胸がどきりと震えた。
「弓弦さんみたいに着物が似合う女性とかきれいで、かっこいいなぁ」
由希の言葉に弓弦は何語とも言えない悲鳴をあげながら、台所へと駆けこんでいった。 意味がわからず首をかしげる由希と声をあげて笑う甚一郎の姿。
「どうしたんだろう」
笑いすぎて腹を抱えた甚一郎は何度もそばにいた大之助を叩いてしまう。 叩かれたことに目を細めた大之助は兄の腰に思い切り噛みついた。