ケーキのお味は?
「まだまだですね…… 」
大之助の発情期騒動から二日。
そろそろ収まったのだろうかと由希が店の敷居をくぐったとき、もういいとため息をこぼしながら新聞紙を読んでいる甚一郎の姿がある。
その横には甚一郎の腰に腕を回して絡みつく大之助の姿。 時折、ううんという声が聞こえるも何度か頭を揺らして再びなにも言わなくなってしまった。
「これでもだいぶ落ち着いたほうだぞ…… 少なくとも噛みついてくることはだいぶ減った。 あと少しで解放されるだろうな」
疲れたとぼやく甚一郎に心の底からお疲れ様と由希は思う。
窓を開くと光が差し込んでくる。 思わず目を細めた甚一郎だったが、すぐに慣れたのか大之助がまぶしくないように大之助の頭に上着をかぶせた。
「そんなに甚一郎さんは抱き心地がいいのかな…… 」
ぽつりとつぶやいた由希の言葉に甚一郎は思わず吹きだした。 くつくつと笑う甚一郎に意味が分からない由希。 そんな由希に向けて甚一郎は腕を開く。
「気になるなら入ってみるか? 」
「いいんですか? 」
由希が不思議に思いながらもゆっくりと甚一郎の胸に飛びこむ。 ほんわりと温もりを放つ甚一郎の懐にほうと由希は声をもらす。 温かくなっていく自分の体に温かいと由希はつぶやく。
「お兄ちゃんがいたら、こんな感じだったのかな」
一人っ子の由希にとって甚一郎や大之助、大和たちの関係はうらやましく思っていた。
「甚一郎さんみたいなお兄ちゃんがいたらよかったなぁ」
ぽつりとつぶやいた由希の言葉に甚一郎は勢いよく由希の両方の肩をつかんだ。 みしりという音が由希の耳に入り、由希は顔をしかめる。 痛いとつぶやいた由希の瞳を甚一郎が覗きこむ。 無理な笑顔を顔に貼りつけた甚一郎は由希を抱きしめた。
「だめだ、俺みたいな兄貴は。 俺は弟たちを傷つけすぎた」
どういうことかわからない由希を強く抱きしめた甚一郎はすぐに由希を解放した。
意味のわからない由希が首をかしげたと同時に部屋の扉が開かれた。 そこにはいいにおいをさせる焼き立てのアップルパイをもった弓弦の姿が。 いないと思っていた由希の姿に弓弦は悲鳴をあげてアップルパイを落としそうになり、なんとか落とさずに済んだ。