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「だめだって、大之助さん。 これ以上は」

 なんとか大之助を止めようと大之助の背中にしがみついた由希。

 放せ、と声を荒げた大之助にやめてと叫ぶ。 そんな由希の姿にならって弓弦も大之助の腕を抑える。

「おやめください、お兄様。 本当にやめて」

「やめろ、由希、弓弦。 俺はこいつに殴られて当然のことをしている。 好きに殴らせてやれ」

 甚一郎の言葉に由希は左右に振った。

 涙をこぼしながらもなんとか大之助を抑えつけている弓弦も同様に。

「だめだよ! お願い、大之助さん。 こんなことしちゃだめだよ」

 息を吐きだした大之助は力を緩めた。

 背中にしがみついていた由希を己の懐に押しこんだ。 しりもちをついた弓弦の頭を大之助は撫でる。 

 その隣に腰を下ろした大之助は何度も由希を強く抱きしめる。

 そのころには大之助の見た目もいつもと変わらない姿に戻っていた。

「大之助さん? 」

「由希、ごめんね。 驚かせた」

 弓弦も、と弓弦に声をかけると弓弦は首を左右に振った。

 己の頬を撫でながら起き上った甚一郎は弓弦の手を引く。 立ち上がった弓弦は兄の頬はどうなっているかと確認する。

「邪魔したな」

 二人が出ていく。

 それにじゃあとさようならとも言わない大之助はただ由希を抱きしめる。 由希もそんな大之助の姿になにも言わない。

 時折、聞こえてくる鼻をすする音になにも言えなかった。

 黒猫もにゃあと鳴き、大之助の体に身を擦りよせる。

「ごめん、落ち着いた」

 息を吐いた大之助は由希を解放した。

 その瞳は赤く充血している。 痛くはないだろうか?

 由希の視線に気がついた大之助は己の瞳を何度もこする。 大丈夫だと無理に笑う。

「僕、いないほうがよかったですか? 」

 由希の問いに大之助は首を左右に振った。

「いずれ由希に話さなきゃいけないとは思っていたからいいんだ」

 大之助は由希の前に腰を下ろす。

 由希の右手を引いて、両手で握りしめる。 その手は温かかった。

「俺の大切だった奴は、由希の父親なんだ」

「えっ」

 大之助の言葉に由希は思わず声をもらした。 まさかの返答に次になにを言えばいいのかわからなかった。 

「正確には由希の父親の魂と言えばいいのかな…… 遥か昔に出会って、一目ぼれしてずっと好きだったんだ。 何度も生まれ変わるたびに探してた」

 由希を握る大之助の手は震えている。

 ぽつりと語る大之助の言葉に由希はなにも言えなかった。

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