大之助の初恋は?
珍しいことがあった。
お店が開いていない。 大之助からは店を閉めるということは聞いていなかった。
いつも通りに店が開いていて、いつも通りにお菓子を販売しているのだろうと思っていた由希はいつも通りの時間に店にやってきていた。
仕方なく、裏口へとまわる。
大之助より裏口ならばいつでも開いていると聞いていた由希は裏口の扉に手をかけた。 かちゃりと容易に開いた扉に不用心だと思いながら店の裏口へと身を滑りこませた由希の耳に声が入ってくる。
一つは大之助。 あと二つ。
もう一つは聞き覚えがあった。 たぶん、あの猫又。
そして由希の知らない声。 女性特有の高い声に相手の性別を由希は知る。 なにか話し合いをしているようにも聞こえて、入っていいのかと由希がためらっているとにゃあと鳴きながら黒猫が由希のそばへとやってきた。
由希に体を擦りよせて鳴く黒猫を抱きかかえたと同時に由希、と名を呼ばれた。
店の店主が気がついたのだ。
その声のほうへ歩いていく由希の目には台を挟んで大之助と甚一郎、それから黒々とした艶やかな髪をもつ女性がいた。
黒い着物を身にまとい、その着物には一輪の彼岸花が咲いている。
「由希、おいで」
手招きにつられて由希は大之助のそばに腰を下ろした。
女性は由希の登場に誰だと鋭い瞳を由希へと向けた。 彼岸花のように赤く染まった瞳をした女性はどういうことだと大之助と甚一郎をにらみつける。
その姿に甚一郎は肩をすくめつつ、由希に対してごめんと口を動かす。
「一体、どちら様ですか? 兄妹の話し合いによそ者が入ってくるなど」
「勝手に押しかけてきて、勝手に店を閉めてここに居座っている奴が言える台詞ではないと思うけど」
大之助の言葉には怒気を孕んでいる。
話からおそらく大之助は店を開く予定だったが、この者たちの登場で店を開くことができなくなってしまったのだ。
ちらりと台所を見つめるとお菓子を作っている途中だったのか、そこここにお菓子の作りかけや用具がちらばっていた。
「大之助お兄様、いい加減決めてくださいませ」
「余計なお世話。 それよりも先に甚にでも決めてやれ」
甚一郎はというと二人の姿を横目にみつつ、やれやれとため息をこぼしているところだった。
どんな話をしているのかわからない由希はただ首をかしげるばかり。
「一体、なんの話をしているのですか」
由希の問いに女性は由希へと視線を向けた。
思わず肩を揺らした由希の頭を大之助が撫でる。