64/166
5
「えっだって昂輝さん、すごいケガをしてたよ」
「帰ったというか、大和さんが連れて帰ったよ」
帰ろうと由希の手を引いた辰美は先を歩いていく。
空を見ると夕日があと少しで沈んでしまおうかというところ。
あの出来事からあまり時間が経っていないのだろうか。 それとも、夢?
由希の頭の中はこんがらがっていた。 果たして先ほどまでのあれはなんだったのか。
男がいきなり襲ってきて、昂輝に無理やり刻印を刻んで。
「暗くならないうちに帰ろう。 墨さんも待っているでしょ」
「あ、バイトを忘れてた… 」
由希の言葉にしょうがないと辰美は笑った。
「ねぇねぇ、辰美は誰かに刻印を刻んでみたいとか思ったことはある? 」
辰美の隣に並んだ由希は男の言葉を思い出し、隣の男に問う。
由希の隣にいた男は視線を由希へと向ける。 疑問をぶつけてくる人の姿に男はにっこりと笑った。 特になにかを言うでもなく笑うだけ。
そして先を歩いていく。
「なんだよ、その意味深な笑みは」
「なんのこと? 」
はぐらかそうとする辰美をくすぐると倍に返ってきた。 くすぐったいと笑う由希にお返しだと辰美も笑う。 そんなつまらないやりとりをしながら家路につく。
そんな一日。
二人の姿を遠くから見つめている姿がある。
あの蒼い龍。 翼ももたないのに宙に身一つで浮いていたそれは二人の姿を眺めながら唾を飲みこむ。 己の胸をつかんで深く息を吸って、そして吐いて。
「物騒な奴がいたか」
男はつぶやいたが、気がつくと己に向けられている鋭い視線に唇を噛みしめるとすぐにその場から姿を消した。
今日は和也を抱きつぶしてやると心に思いながら。
日が沈む。
暗くなる、夜がくる。 いつまでも明るければいいのに、と思った辰美の名を由希が呼んだ。