前へ次へ
62/166

「放せ! 」

 昂輝の声が響く。

 そんな昂輝の足を男はつかんだ。

 痛みが全身に響き渡り、昂輝の苦痛の叫びが由希の耳に入ってくる。

「なぁに、簡単。 俺に足を開け」

 この男。

 物騒な言葉をこぼしているのに表情が笑顔のまま一切、変わらない。

 それが昂輝の恐怖をあおった。 顔をひきつらせた昂輝の姿など目の片隅にも入らないのか男は昂輝の制服をつかむと左右に引き裂いた。

「なにすぐに終わらせるさ。 俺には和也がいるからなぁ、浮気になってしまうだろうか」

 男はなぜだか意味不明なことをぼやいていた。

 いまから行う行為は浮気ではないか。

「やめてください! 」

「ま、いいか。 あいつも別に怒りはしないだろうし。 俺にとってこれは」

 昂輝の首をわしづかむ。

 恐怖で息を飲みこむ昂輝の息遣いが由希の耳に届いた気がした。

「ただの遊びだ」

 男が口を開いた。

 蒼い瞳がうっすらと黄色を帯びてくる。 まるで日の光が当たったかのように黄色く明るくなった瞳は目の前の獲物を見下ろしていた。

 昂輝の首に牙を振り下ろそうとしたとき、そこにうっすらと何かが浮かび上がる。 

 黒い紋様のようなもの。 まるで蛇がまきつくかのように首の周りをぐるりとつけられた紋様に男はほうと息をもらした。

「なるほど、刻印つきか」

 男の言葉に由希は思わずえっとつぶやいた。

 前回、大之助の話していたことを思い出す。

 方法はいろいろとあるが、無理に刻みつけたい場合は。

「誰が、お前につけたんだろうなぁ」

 男は昂輝をひっくり返した。 

 うつぶせに倒された昂輝の衣服を肘までずり下ろした。

 身動きがとれずに声をもらす昂輝のうなじを指の腹でなでる。

 男かなにを考えているのか。 由希にはわからなかったが、昂輝はなにをされるのか理解したのか目を見開いて首を左右に振った。

「俺が刻み直してやろうか」

「ふざけるな! 」

 暴れる昂輝をまるで赤子の手をひねるように軽々と抑えこんだ男は己の牙をさらけだす。

 どうして刻印というものを刻むのか、人である由希には理解ができない。

 ただ、抵抗を示す昂輝の姿にあまりいいものでないのはわかっている。

 でなければ昂輝も、連れ去られた和也だってあそこまで抵抗することはなかっただろう。 

「刻印ってなんなんだ」

 由希のぽつりつぶやいた声が聞こえたのか男が振り返った。

「なんだ知らないのか? 露骨にいうなら犬や猫が縄張りを主張するときにマーキングするだろう? あれと同じさ。 俺のものだと示すために相手の体に刻みこむ。 それをされた相手はよほどのことがない限りほかのやつから襲われることはない」

「よほどのことって」

 由希の問いかけに男はにっこりと笑った。

前へ次へ目次