前へ次へ
60/166

 まるで海水を思わせるような塩水のにおいに顔をしかめた。

 どこからこのにおいはするのだろうか。

 昂輝に腕をひかれて胸に飛びこむ形となった。 意味がわからない由希をよそに辺りを見回しながら警戒心をむきだしにして唸り声をあげる昂輝の姿に由希はごくりとつばを飲みこむ。

 昂輝はなにと対峙しているのだろうか。

 わからない由希は昂輝から離れないようにと昂輝の背中に腕を回す。 

 回したはずだった。

 後ろから強く引かれて由希の体は昂輝から引き剥がされた。 空間が縦に引き裂かれ、そこには白い空間が広がっていく。 

 由希をつかんだ腕はそこから伸びてきていた。 なんとか逃れようと伸ばした腕を昂輝はつかんでくれた。 由希が引きずりこまれないように両足で踏ん張った昂輝だったが昂輝の体がふわりと宙に浮く。

 体が空間の中に引きこまれていく。 

 真っ白の空間。

 そこに引きずり込まれた二人。 体がたたきつけられる前に昂輝がかばってくれたのか由希に痛みはなかった。 昂輝は足を強く打ちつけたのかぐっという短い悲鳴と共に右足に触れる。

「昂輝さん」

 額からぽたりと汗を落とした昂輝は痛みに下唇を噛みしめている。

 どうしたらと由希が辺りを見渡したとき、白い世界を蒼い炎が包みこんだ。

「うわっなんだこれ」

 壁、床、天井と蒼が辺りを埋め尽くし、白いところがどこだったのかもわからなくなるくらい蒼い炎が世界を舐め尽くしている。

 そのなかを呆然と由希は眺めた。

 触れても熱くはない。 

 痛みに冷汗をこぼす昂輝の姿になにかいい方法はと考えるもなにも思い浮かばない。 

 そもそもここはどこなのだろうか、由希には見当がつかない。 早く昂輝を病院に連れていきたいのにここがどこなのか、どうすればでられるのかがわからない。 

 途方にくれた由希の目の前で蒼い炎が渦を巻き、ごうという音をあげながら集まっていく。

 まるで竜巻だ。 由希は思った。

 竜巻が一瞬にして消え去り、もう一度部屋を蒼い炎で舐め尽くす。 なにが起きたのかわからなかった。

 ただ先ほどと違ったのは蒼い炎よりもさらに蒼い姿をした男が立っていたことだ。

 蒼い長髪、蒼い瞳、蒼い、蒼い。 ただ蒼い男は由希たちの姿を見下ろしてにっこりと笑みを浮かべた。

 この男には見覚えがあった。

「久しぶりだな、由希と言ったか」

 男はまるで久々に出会った親戚のおじさんのようにお気楽に声をかけてきた。 

 おそらくはこの蒼い世界を作り上げた者。 声もだせずにただ見つめる由希の姿に男はがははと声をあげて笑う。

 ついこの前、人と付喪神の子である和也を連れ去った青龍だという男。

 由希の表情で察したのか男は由希の目の前に腰をおろした。

前へ次へ目次