前へ次へ
57/166

2

「放せ! 嫌だ! 」

 木の上。

 男たちにばれないようにと由希の口を塞いだ大之助は木の上に腰を下ろして二人を眺める。 

 和也を襲うは先ほどの角の男。

 なんとか逃げようと手を伸ばす和也の手を男は力でねじ伏せる。 その腕には無数の青いうろこ。 木々の間からこぼれる日の光にうろこが輝いている。

「由希、よく見てて。 あれが」

 和也をうつぶせに抑えつけた男はそのうなじに食らいつく。 痛みにうめき声をもらした和也の瞳から涙がこぼれる。 開いた口には指をつめこまれ、悲鳴をあげることもできない。

 うなじに舌を這わせてもう一度、食らいつく。

「己を相手の体に刻みつける。 やり方はいろいろとあるけども、相手に同意を得ずに刻印を刻む場合はああやって食らいつくことが多いよ」

「なんで、うなじに噛みつくんですか」

 痛そうだとつぶやいた由希のうなじ触れた大之助。

「簡単だから。 暴れたときって手を抑えつけるのも足を抑えつけるのも結構苦労するの。 けどうつぶせにして背中を抑えたときってだいたいの奴は逃げられない。 そのときに生物の急所である首に食らいつくことで相手の戦意を消失させることもできるし、大きい痕を残せる」

 和也が抵抗するたびにうなじに食らいつき、戦意を奪う。 血が溢れるとそれを舐めつくし、再び食らいつく男に由希はひっと息を飲んだ。

 力なくぐったりと肢体を投げだした和也から体を下ろした男はその腕に和也を抱えた。 和也に向けていた視線を木の上へと向けた男の姿に大之助が息を飲んだと同時に由希たちの体は地面にたたきつけられた。

 なんとか由希を庇った大之助は背中から叩きつけられ、激しく咳きこむ。

「覗きとはいい趣味しているよなぁ」

「大之助さん! 」

 大之助に声をかけた由希だったが男に腕を引かれて大之助から引き剥がされた。

「はっまだ人がいるのか」

 青い海のよう。

 男の瞳に惹きこまれそうだ、と由希は思った。 澄んだきれいな、でも空というよりも深い海を思い出した男の瞳に。

 そう思ったと同時に男の体の周りに蒼い炎がまとわりつく。

 由希の首元に顔をよせ、いまにも食らいつかんばかりに牙をむきだしにした男だったがすぐに顔をしかめて由希から手を離してしまった。

「なんだ、お手つきか」

 男はため息をこぼす。

「まあいいか。 お目当てがやっと手に入ったんだからな」

 意識のない和也の頬に口づけた男はふわりと空を飛ぶ。 男たちを蒼い炎が包みこむと男の姿が変わった。 角は無くなり、頬や腕にはさきほどよりもうろこがひしめきあい、男の体に沁みつく。

 短かった黒い髪は男の腰まで伸び、蒼く染まり光輝いていた。

「お手つきってどういうことですか」

 由希の問いに男は声をあげて笑った。

前へ次へ目次