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大きな体はダルマのようにごろりと転がり、獣の背を地に触れさせた。
唖然としている由希を胸に押しこんだ猫又の男は先ほどいた壁のところに飛び乗り、何事もなかったように駈けていく。
「危なかったなぁ…俺がいなきゃいまごろあのバカになにをされてたことやら」
猫又の言葉に由希は背筋が凍りそうなほどにひんやりと冷たくなった気がした。
なにをされていたのか、考えただけで身震いを起こした由希は喉の奥にたまった息を吐きだした。
「助けていただいて、ありがとうございます」
由希の言葉に猫又はにんまりと笑みを浮かべて、一度立ち止まった。 胸に押しこんでいた由希を下ろすと、乱れた衣服を整える。
なんとか獣に破かれずにすんだ服に胸を撫で下ろした由希を猫又はもう一度、抱えた。
「俺はお前を助けた、いわば恩人というやつだ。 ならいまからお前は恩人である俺の用事に付き合う権利があるというわけだ」
意味がわからない。 思わず表情をこめてしまった由希に猫又は笑った。
「なに、別に宿に連れ込んで楽しもうってわけじゃない。 ただ俺の用事についてくればいいのさ」
宿に、という言葉に一瞬だけ息をとめた由希だったが猫又の次の言葉に胸を撫で下ろした。
ではなんのために由希を連れていくのか。
理由を聞いても楽しいところだ、としか猫又は答えず由希は着いていくしかない。
町中を駆け抜けていく猫又と人の姿に周りは好奇な視線を送っていく。
どんな関係なのか、あれはどこで手にいれたのか、いまからなにをするのだろうかと邪な目でみているものもいる。
あわよくば手に入れられないだろうかと己の唇をなめる獣の姿に由希は目をそらした。
「気にするな! 俺といれば迂闊には襲ってこないだろうしな」
猫又はそれだけ答えると、道から外れて路地裏に入っていく。
行き止まりの道の隣にある壁を意図も容易く駆け登り、塀の上を走っていく。
「一体、どこに行くのですか」
「とっても楽しいところだ。 なに、怪しい店じゃない。 たぶん、由希も気に入るところだと思うぞ」
猫又はがははと大きな声で笑ったあと、ふんと鼻息をだして笑みを浮かべた。