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男は由希の腕から手を離した。 受け身もとれずに倒れた由希が身を起こすよりも先に仰向けに転がすと男は由希の首をつかんだ。 足をじたばたと動かした由希の姿に男はがははともう一度、笑う。 笑うと同時に由希の首をぎゅうと握る。
顔をしかめた由希の口を塞ぐ。 男は由希の額に己も同じものを擦りつけて口の端をあげた。
「あまり暴れるな。 死にたくないだろ」
男が由希の首に顔を埋めたとき、由希の視界には男に投げ飛ばされ痛みに顔を歪めながらも立ち上がろうとしている少女の姿があった。
肌をまさぐる男の姿に由希は嫌悪する。 そうか、またいつものことが始まる。
人だから、と気になる化け物たちになにをされるのか。 暴れれば力で抑えつけられて悲鳴をあげれば笑われる。
悔しくて、お前は弱いと決めつけられるこの力関係に何度涙をこぼしたことか。
「由希に、なにしてくれとんじゃぼけが!! 」
墨の足が男の顔にめりこんだ。 痛みに顔を歪めた男は飛んできた墨の足首をつかみ、地面にたたきつけた。 息を吐きだした墨の首を男はつかむ。
「なるほど、付喪神か」
男のつぶやきと共に男は茂みへと勢いよく飛んでいく。 由希たちはなにが起きたのかわからなかった。
遠くでは少女を腕に抱えている大之助の姿があった。 大之助の姿に安堵したのか少女は眠っているように見える。
その小さな背中をなでつつ、大之助は二人のところへやってきた。 もちろん、己で蹴飛ばした男を踏みつけて。
「うちの妹が迷惑をかけた」
少女の背中をなでると少女は無意識に兄の胸に顔をうめる。 由希の腕についたものをほどいた墨は由希を強く抱きしめた。 安堵の息をもらす墨にありがとうとつぶやく。
「ケガとかはないか? ったく由希に手をだしやがって」
由希の頭をなで、背中をなで、元気そうな由希を立たせようと墨が立ち上がったと同時に木の蔓が墨に絡みついた。
「せめてお前だけでも」
男の指から伸びた蔓が捕えた墨をそばに引き寄せた。
「付喪神は人ほどではないが価値はある」
墨の口をふさぎ、男は墨を連れたまま茂みに紛れていく。 その姿は一瞬にして見えなくなってしまった。
「墨!! 」
忽然と消えてしまった父親の姿に由希は叫んだ。 わからないのに姿を追おうとしたが、すぐに大之助が止めた。
「墨なら大丈夫だから。 そのうち帰ってくるよ」
帰ろ、と手を引いていく大之助に由希は嫌だと首を振ったが大丈夫と由希を引きずっていった。
それから数日後、何事もなく墨が帰ってきたのは少し修羅場だった由希。
ある目玉が絡んだと墨から聞いたが、由希に対して詳しくは教えることはなかった。