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「にゃあ」

 店の扉を開いたとき、黒猫がにゃあと鳴いた。 中へと入っていくと入り口のそばで立っていた大之助の足に絡みつく。 身を擦りよせて鳴く黒猫の頭をなでた大之助の腕にはなぜか紐。

 紐の先にはなぜかぐるぐる巻きに縛られている少女が一人。 黒い髪に黒い瞳。 大之助のように頭に猫の耳を生やし、黒い尾を地べたにたらりと流している。 由希と目があったとき、少女は目を細めて敵意をむけた。 

 そのときに初めて少女が昨日の夜に現れた者だということを知った。

「そろそろくるんじゃないかって思って」

「わかっているなら自分の妹くらいどうにか面倒をみておけ」

 少女を縛り終えた大之助は黒猫と少女を抱えて店の奥へと入っていく。 しゃーっと声をあげた大之助の少女は身を左右振り、大之助の腕から逃れた。

 地面にたたきつけられる前に己の爪で紐を切り裂くと由希のほうへ。 あっと声を漏らす前に由希を抱えた少女は一目散に店の外へと駆けていく。 それは本当に一瞬のこと。

「由希! 」

 墨が声をあげたときには二人の姿は見えなくなっていた。

「なにしてやがる、大之助! 早く追いかけろ! 」

「あいつ、俺なんかより早いからなぁ」

 やれやれと店の外へとでていく大之助の尻を早くいけと蹴飛ばした。


「痛い、痛いって」

 由希を抱えた少女は茂みをかきわけ、山の中を駆けていく。 時折、体に小枝がひっかかり痛いと由希はもらす。 そんな声が聞こえていないのか、聞く気がないのか少女は走りを止めようとはしない。

 何十本もの木の間を通り抜けたとき、広間のようなところにたどり着く。 辺りを見渡した少女は近くにあった木にまとわりつく蔓を見つけるとそれを力任せに引き裂く。

 由希をうつぶせに倒し、両腕を背中で縛りつけた。 

「なんでお前が兄様に好かれているんだ!! 」

 由希の目の前に腰を下ろした少女はあぐらを組み、由希の顎を持ち上げた。 苦しさに顔をゆがめた由希になんでと再度問う。

「あたしらには一度も関心なんて向けないのに、あんたや大和には関心を向けて! あたしらだって兄妹なのに」

「僕も知らない」

 知るわけがない。 そんなことを言われたって。

 由希の頭の中で疑問がぐるりと回っている。 首を左右にふる由希が気に食わないと少女は由希の頬を叩いた。 

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