三人目の父親?
あの男が家にやってくる。
理由は筆の付喪神である墨に会うため。 いつもチャイムを二回、それが男が家に来た合図。 今日は朝の九時からと早く、おそらく仕事が休みなのだろうと由希はあたりをつけた。
「由希、遊びにきた」
「こんにちは、百目鬼さん」
男の体に無数の目を生やし、それがそれぞれ動き回る。 男が由希の名を呼ぶと一斉にその目が由希へと向いた。 その行動に一瞬だけ驚く。 びくりと体を震わす由希に男はいつものように笑った。
「墨はどこにいる? 」
「墨は昨日夜なべ仕事をしていたからまだ寝てるよ。 たぶんしばらくは起きないと思うけど」
「いい情報を聞いた。 由希、いまから大人の時間だからしばらく寝室に来ないでくれ」
意気揚々と寝室のほうへ去っていった百目鬼を見送って、由希はテレビの電源を入れた。
百目鬼は墨にとって古くからの知り合いらしいということを由希は聞いていた。 由希が連れさられそうになり、墨に拾われたときにまっさきに手を貸してくれたのが百目鬼だ。
「ふざけんな、この目玉が!! 」
ふと昔のことを由希が思い出したとき、墨の声が寝室から響いた。 がたがたとただ事ではないほど大きな音が由希の耳に入ってきたが、いつものこととチャンネルを変える。
「由希! こいつは家に入れるなって毎回言ってるだろ! 」
「んー、でも恩人の百目鬼さんの頼みだったら僕は断れないや」
下げられかけている下着を抑えながら寝室からでてきた墨。 そんな墨の腰に腕を回して百目鬼は墨の頬に口づける。 それにぞわりと体を震わせた墨は百目鬼の顔を強く押し返した。
「そんなに恥ずかしがるな、私と君の仲だ」
「どんな仲だ! お前とそんな親密な仲になる気はない! 」
二人で言い合いをしている姿をよそに由希は三つの湯呑に茶を注ぐ。 なんとか百目鬼を振り払い、由希にしがみついた墨はため息をこぼした。 由希の淹れた茶を口に含むとおいしいとこぼす。
そんな墨ごと由希を抱きしめた百目鬼は己に淹れてくれたであろうもう一つの湯呑に口をつける。
「由希、君もお父さんが増えたらうれしいだろ? 」
指を何度もうごめかせたかと思うと百目鬼は墨の尻に触れる。 ひっと短い声をもらした墨にかわいいと耳元でささやく。
「三人目のお父さんはさすがになぁ・・・・・・ お母さんなら」
「なるほど、じゃあ墨の立場をお母さんに変えれば」
「ふざけんな! 」
二人のやりとりに由希はいつものことだと茶を飲み干すと墨を百目鬼に押しつけてシンクに湯呑を置いた。 由希に押されたことにより、百目鬼の胸に飛びこむ形になってしまう墨。