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「やわらかいな」

 右手を男が、左手を女につかまれて由希は身動きがとれずに顔をひきつらせた。 なめらかだと由希の腕を撫でる女は由希の頬に口づける。

「おい、妬けることをするな」

「あらいやだ、あんたが一番に決まっているじゃない」

 由希を手中に入れているはずなのに、まるで蚊帳の外と言わんばかりに二人で仲良くしている姿に早く解放してほしいと由希はため息をこぼした。

「それにしても人を見ることはいまはほとんどないから驚いたわ。 ほんの数百年前だったらそこかしこにいたっていうのに」

「それだけこいつが貴重ってことなんだろうな」

 由希をそばに力で引き寄せた男は由希の頬に触れ、腰に触れ、抱えた。

「おい、いまから俺らといいことしないか」

「いいこと? 」

 男の言葉に由希は怪訝そうな表情を浮かべた。 男の言っていることが理解できずにいると女はけらけらと笑った。 由希の背中に触れ、尻に触れたとき由希がひっと声をもらした。

 たしかめるように撫で、指でつたい、わしづかむ。

「おやおや人でありながら、うぶなこと。 いいことって言ったら決まっているじゃない」

「ほら、来い」

 気がつくと由希の体は宙に浮いており、男は女房と由希を抱えて外へと歩みを進めていた。

「ちょっ放してください」

「大丈夫、とってもたのしいことだから、ね」

 大和に助けを求めるも、本に夢中の大和はいま起きている出来事に気がついていない。 さきほどよりもうずたかく積み上げられた本の山に由希は諦めにも似たため息をこぼした。

 あと少しで店の外、というところで男の頭に黒猫が座った。 にゃあと黒猫が鳴いたと同時に男はなにかに蹴飛ばされ、前のめりに倒れた。 なんとか己の女房が倒れないように支えた男だったが反対側にいた由希は手放してしまった。

 地面にたたきつけられると由希が目を閉じたとき、なにか温かいものに包まれる。 地面にたたきつけられずに済んだ由希がゆっくりと目を開けるとそこには目を細めた駄菓子屋の主人がいた。

「由希をもっていってもらうと迷惑なんで」

 大之助の言葉に黒猫がにゃあと鳴いた。 

「なんだい、せっかく見つけたのにあんたのものだっていうのかい」

「そういうこと、だからやめてね」

「いや、大之助さんのものってわけじゃないですけど」

 やれやれと去っていく女。 男は気に食わないと大之助をにらみつけたが先をいく女房についていくために駆けていった。



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