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いつもの日常

かぁと三つカラスが鳴いた。

 町中を飛び回りながら鳴く彼らと違い、三つカラスの声はとても低い。 初めて由希が耳に入れたとき、あまりの低さに本当にカラスなのだろうかと耳を疑った。

 いまではだいぶ慣れたものの、それでも町中で聞くカラスたちの声を思い出すとやはり違和感は抜けない。

 そんなことを思っている由希をよそに人の姿になった三つカラスはそばにあった苺のジャムが入った瓶の中に指を押し入れて、それをすくいあげる。

「かぁ」

 三つカラスはそばに体を丸めて寝ていた黒猫の口元にジャムのついた指を押しつける。 にゃあと鳴いた黒猫はその指に食らいつく。 ちろりとだした小さな舌をその指に絡ませ、吸いついては牙をつきたててにゃあと鳴く。

 黒猫の姿に笑みを浮かべた三つカラスは黒猫を抱えて、店の外へと出ていく。 

 その姿を見送った由希は店の中で本を読んでいる大和の隣に座った。 最近、本を読むことが楽しいと言っていた大和。 いまでも大和の周りには円を描くように本が無造作に置かれている。

「本、面白そうですね」

 気がつくと本を読みながら笑みを浮かべている大和の姿に由希は思わずつぶやいた。 そんな由希の言葉が耳に入らないほどに目の前の書物に夢中になっている大和の姿がある。

「すみません」

 声が聞こえる。 

 レジの前で待っていたお客様に深く頭を下げると、目の前にだされたお菓子を袋につめていく。 

「驚きました、人がまだいるとは思わなくて」

 お客様はにこりと笑った。 まるで墨でも塗ったような黒々とした髪、血を塗りたくったような赤い着物。 そこに咲く一輪の黒い牡丹。 この世のものとは思えないほど由希から見てその女はきれいに見えた。

 その女が隠していたであろう牙を見なければ、心を奪われていただろう。 近寄ってきた女に一歩後ろに引いた。

「ちょっと触れてみても? 」

 女の問いに由希は首を左右に振る。 あらあらと口元に手を添えた女はあんたと声をあげた。 己の女房の声に反応した男は店の中へと入ってきた。 入り口で待っていたであろう男は女の隣座るとその帯を巻いた腰に腕を回す。

「ほら、みてごらんよ生粋の人間がいる」

 女は言った。 その男、女を容易に包みこめるような大きな腕をを持ちその先についた指は由希の二の腕よりも大きかった。 思わず唾を飲みこんだ由希にほおと男は声をもらす。

 ほかの部分は人とほとんど変わりがないのに、腕だけが大きい男は己のあごをゆるりとなでて唇を舐めた。

「こりゃ驚いた」

 男はつぶやく。 最愛の女房の腰から手を離すと、まっすぐに由希の腕をつかんだ。 


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