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 それでもおいしいことに変わりのないクッキーの味に由希は顔をほころばせた。

 それを確認した大之助はクッキーをそばに置いていた袋につめていく。 それはバレンタインなどでよく使われるかわいいラッピングをしたチェック柄の袋。

 五袋ほどに分けて入れた大之助はそれをさらに買い物袋にまとめて押しこむと由希に手渡した。


「これ、届けてくれないか」


 依頼主に。

 そういって手渡された紙袋に由希は首をかしげた。

 所望、おつかいというものを頼まれた由希は大之助の相棒である黒猫と町の中へと繰り出した。  行き先は黒猫が知っていると言われてでてきた由希だったが…… 。


「うわ、人だ」

「すっげぇ柔らかい。 肌とかきめ細かいというか」

「代われって、俺も触りたい」


 路地にさしかかったとき、なぜか三人の若者に連れこまれて体をべたべたと触られる羽目になった。 頭が二つある者、なぜかトカゲのような尾が三本生えている者、そして目が額を合わせて三つある男の三人。 

 逃げようにも行く手を塞がれ、壁に押しつけられ、服を剥ぎ取られれば逃げようもできなかった。 気になると舐めるように由希の体を足の先から髪の毛の先まで見つめて、剥きだしになった肌に触れる。

 足元にいた黒猫は気がつくと由希から離れていなくなっており、由希のまとっていた服も遠くへと放られていた。

 太陽のでている昼間とはいえ外で全裸をさらすというのはさすがに寒かった。 寒いのと恥ずかしいのとで頬の赤くなった由希に男たちはおぉと声をもらす。


「すげぇ、顔が赤くなった」


 由希の頬を撫でる。 

 身を揺するも両方の腕をつかまれており、目の前にはリーダー格である頭が二つある者の姿が邪魔をして逃げるに逃げられなかった。


「もう離してもらえませんか」

「こことかどうなってんだ、やっぱり俺たちと変わらないのか? 」


 いきなり足を持ち上げられて由希の体は宙に浮いた。

 足を広げられて、男たちの目の前で己の秘部がさらけだされてうわっと声をもらす。

 食い入るように見つめてくる三人の男たちから由希は目をそらした。 恥ずかしさで心臓が早くなる。 

 そろりと触れてきた男に由希はひどく嫌悪した。 たしかめるように何度も握りしめては由希の表情を盗み見る男たちの姿に由希は涙を浮かべて顔をそらす。

 それすらおぉと驚く男たちに最低だと吐き捨てて。


「にゃあ」


 黒猫は鳴く。 抑えつけられていた腕が軽くなる。

 どうしてと由希が視線を男たちに向けるとなぜか一同に体を震わせていることに気がついた。 がちがち歯を鳴らし、唇を真っ青に染めた男たち。 額からこぼれた汗が男たちの頬を伝っていく。


 黒猫が由希の目前へと迫ってくると男たちは悲鳴をあげて一目散に駆けていった。 突然のことに呆然としていた由希はしりもちをついた。


「ありがとう」


 放られていた衣服を持ってきてくれた黒猫の頭を撫でると、満足そうに由希に体を擦りつけてきた。


「にゃあ、にゃあ、にゃあ」


 ぐるぐるぐる。


 まるで発情期にでもなったように甘い声をもらしながら黒猫は由希の先を歩いた。 機嫌がいいのかときおり由希を振り向いては鳴いて、前を歩いていく。


「相変わらず、猫の道だなぁ」


 黒猫は塀によじ登ると歩いていく。 置いていかれないように由希も塀に乗ると両手を広げてついていく。 塀の先にたどり着くと黒猫は近くの屋根に上った。


「そこって、僕もついていかなきゃだめかな」


 黒猫は由希が上ってくるのを待っているようにその場に腰を下ろした。 じっと見つめてくる黒猫に由希は諦めて屋根に上る。 落ちないようにバランスをとる由希を確認して黒猫は先を歩いた。

 屋根の先にたどり着くとそこから飛び降りた黒猫に由希はそろりと右足から下りるとそこは民家の庭だった。

 手入れがろくにされていないのか由希の腰まで伸びた草の中に紛れるように歩いてく黒猫の姿は目では確認することができず、確認できることと言えばがさがさと生物が動くにつれて左右に蠢く草だけだった。


「待ってって。 お前の姿が見えないから」


 蠢く草の後を追うと、その黒猫を待っていたと手を広げていた一人の老婆に出会った。 縁側に腰を下ろしたその老婆、見目は七十ほどで赤色の着物を身にまとっていた。 腰まで伸びた髪をてっぺんで結んでだんごにしている。

 黒猫が膝に乗ると久しぶりだと老婆は黒猫の体を撫でた。 すっかり身を預けてゆっくりとしている黒猫がかわいいのか顔をほころばせていた老婆は後からついてきていた由希の存在に気がついた。


「おや、珍しい。 大之助くんところの使いかな」


 しわくちゃの顔を由希に向けた老婆は手招きひとつ。

 それに引かれるように目の前にきた由希によく来たと頭を撫でた。


「こんにちは、大之助さんに頼まれてこれを持ってきたのですが」


 由希は持ってきていた大之助の頼まれものを渡すと老婆は美味しそうなにおいだと縁側に立ち上がった。


「じゃあお茶でも淹れようか。 上がっておいで」


 縁側で靴を脱いだ由希はお邪魔しますと中に入ると他に誰も住んでいないのか家の中はしんと静まりかえっていることに気がつく。

 部屋の中も薄暗く、お化けでもでそうだと自分で思って由希は背筋がぞっとした。


 座ってと老婆に促されたのはちゃぶ台の置かれた部屋。 そこに腰を下ろすと老婆のもとにいた黒猫が由希の足に上った。 あごを撫でるとごろごろと喉をならす黒猫。


「よっぽど、その子に懐かれているのね。 あなたの撫でる手が気持ちいいのでしょう」


 おぼんにお茶と急須、それに由希が持ってきた大之助の焼き菓子が皿に盛られていた。

 だされたお茶はほんのりと口の中に広がる苦味に由希はおいしいとつぶやいた。 老婆の淹れてくれたお茶はいままで飲んだお茶の中でも上位に入ると由希は口にせずともそう思う。 


「とても美味しいですね」

「それはよかった、あなたの口に合って」


 黒猫は盛りつけられた皿の中から大之助の焼き菓子を奪うと駆け足で去っていく。 


「あ、こら! お前は食べられないって」


 飲んでいたお茶を置いて由希は黒猫の後を追った。 外ではなく、家の中を駆けていく黒猫に勘弁してくれとつぶやく。 他人の家の中を勝手に回るなどいい気分はしない。


 薄暗い部屋の中を由希はゆっくりと歩いた。 気がつくと黒猫の姿はなく、ただうっそうと静まり返った世界を由希は左右を確認しながら歩いていく。

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