墨の日記
〇月✕日
突然現れたその人の子どもは名前をゆきと名乗った。
「なるほど、お前はゆきというのか」
あまり話さないその人の子どもは己の名前だけは、しっかりと名乗った。 もう一度、墨が確認するとゆきと名乗った子どもはゆっくりと首を上下に動かす。
漢字はと聞こうと思った。 だがこんなにも幼い子どもがわかるはずもなく、うんとうねり声をあげた墨の姿にどうしたのゆきは首をかしげて瞳を大きくのぞかせる。
「よし、少しだけお前の名付け親になるか」
墨は息を吐きだして、己のひざを叩いた。
そして、無造作に転がしていた筆と白い紙を拾い上げてそこに文字を記していく。 墨がなにをしているのかわからないゆきは筆を滑らせる手の動きを目で追っていた。
そこに書かれたのは由希と漢字で書かれた二文字。 それをゆきの目の前に見せてこれだと墨は由希の頭を撫でた。
「お前は今日から由希だ。 漢字はこれでいいだろ」
由希に手渡すと由希はその紙を握りしめて、その二文字を何度も何度も読み返す。 由希、由希と己の名前を何度も繰り返して顔をあげた。
「気に入ったか? 」
墨の言葉に由希は何度もうなずき、そしてにしゃりと顔を崩して笑った。
その笑顔にかわいいなとうっかり心を打たれてしまった墨だった。
〇月✕日
由希に初めてハンバーグを作ったら、とても目を輝かせて食べていた。
口の周りがソースで真っ黒になってた。
「由希、おいしいか? 」
由希になにを食べたいのかを聞いても由希は首をかしげるばかり。
子どもはどんな食べものが好きなのかを考えたとき、思い浮かんだのは肉で作ったハンバーグだった。 そうと決まればと墨は冷蔵庫をひとしきり漁って、材料をひっぱりだした。
「由希、ちょっと手伝え」
墨の言葉に由希はうなずく。 材料を切るのは由希にとって危ないため、それは墨が行い、由希はというとハンバーグのたねを混ぜる仕事に。
「べたべたする」
「そりゃ肉だから仕方ない」
顔をしかめた由希の姿に墨は思わず笑った。 丸めたハンバーグをフライパンで焼いていくとじんわりといいにおいが部屋の中を埋め尽くしていく。
鼻をひくつかせた由希は瞳を大きく見開いてその焼かれていくハンバーグを見て、ちらりと墨を見つめる。 まだ、と瞳で問う由希にまだだと首を横に振った。