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大和の幼馴染?

話し声がする。

 そのとき、由希と辰美はどこで昼食をとろうかと弁当をもって学校の周りをふらついていたところだった。 

 いつも食べている屋上は先客がおり、落ち着かないから移動しようと言いだしたのは辰美。 いいところはと日の当たらない涼しいところを探していたとき校舎の裏で聞こえた誰かの声に気がついた。


「先客でもいるのか? 」


 気になるとそちらへ進んでいく辰美にだめだろうと背中を叩く。 けれども辰美は由希の言葉を無視して進んでいく。 

 多少強引にいけば由希は渋々ながらもついてきてくれることをわかっていた辰美はちらりと由希のほうへ視線を送った。 

 辰美の考えたとおり、あきらめてついてくる由希の姿に辰美は笑う。


「誰かいますか」


 声のしたほうへ曲がったとき、そこにはいつもと違い眼鏡をかけた生徒会長と一人の生徒。 生徒会長を校舎の壁に押しつけて、生徒は生徒会長の右肩をつかんでいた。


「誰かと思った」


 生徒会長である大和は驚いたというように眼鏡をずらした。 それはこちらの台詞だという前に生徒は大和のあごを引いてうっすらと開いた唇に食らいつく。

 二人の目の前で繰り広げられていくやりとり。 息苦しそうに生徒の肩を叩くも逃がさないといわんばかりに大和の腰に手を回して己の腕の中へと引き寄せる。


「なに見てんだ」


 大和の口からそれを離した生徒は二人をにらみつけた。 二人をにらみつける瞳が怒りをこめた辰美のそれのように赤く灯っている。

 大和の腰に回る生徒の爪が光に当たってきらりと光を帯びたと同時に辰美が由希の持っていた弁当を奪った。 それの底を大和たちに向けると物がぶつかったようなかんっという音が響いた。


「やめろ、昂輝」


 大和の声で昂輝と呼ばれた生徒は明らかに不愉快だと舌を打つと、己の爪を撫でる。 先ほどなにが飛んできたのだろうかと弁当の底を確認するとそれは昂輝の指から放たれた爪だった。 それが三本、弁当の底に突き刺さっている。


「邪魔をしやがって」


 昂輝は大和の首元に口づけながら、早くどこかにいけというように由希たちをにらみつける。 


「悪いな、他のところに行ってくれないか由希」

「すみません…… 」


 邪魔をしてという前に辰美に引かれてその場を後にした。

 食べるところを探してまさか大和を見つけてしまうとは。 それもなにか親密な関係である男と二人でいるところを。


「あの二人ってどんな関係なんだろ」

「知らない。 ま、良い仲であることは間違いないんじゃない」


 結局、教室に戻ってきた二人は由希の机で弁当を広げていた。 幸いにも中身はほとんど崩れていなくて、由希はほっと安堵の息をもらす。

 辰美はというと今日はサンドイッチ。 購買で買ってきたという。


「いい加減、栄養が偏るぞ」

「でも由希より体は大きいから別にいいけどね」


 遠回しに由希が小さいと告げている辰美をにらみつけた由希は辰美の肩を叩いた。 痛いとこぼした辰美にざまあみろと舌を出す。


「でもまさか生徒会長があんな密会をやっているなんて思わなかったなぁ。 生徒会長ってなんだかお堅いイメージがあったから」

「そう? カラオケが大好きだけど意外に音痴だし、空を飛んでいるときにいきなりすごいスピードで飛び降りたりするけど」

「なんか意外。 なんでもそつなくこなして完璧って感じだったのに」


 そうつぶやきつつ、由希へ笑顔を向けた辰美。 にっこりという音が聞こえそうなほどの笑みを浮かべると同時に由希の手の中から弁当を奪い取った。


「うん、やっぱり墨さんのご飯は美味しいな」

「ちょ、とるなって。 僕のご飯がなくなるじゃんか」

「代わりにサンドイッチでも食べてよ」


 辰美にサンドイッチを手渡されて、由希は仕方なくそれを口にした。


※※※


「由希、迎えにきたぞ」


 授業を終えて荷物を片付けていたときに由希を呼ぶ声が廊下から聞こえた。 由希のそばまでやってきたのは昼食のときに話題にでた大和。 昼間のことがなんとでもないといつものようにやってきた大和は由希のまとめた荷物を肩に抱える。


「持ちますって」

「いいから。 今日も兄上のところに向かうのだろ」


 由希の行きつく先をわかっていた大和はさっさと教室から出ていった。 


「もう帰るのか」


 辰美の言葉に由希はうなずいた。 

 そんな由希に辰美はまたにっこりと笑う。 


「お前がそんな風に笑うときは絶対、なにかを企んでいるときだ」


 由希の腰を抱き、懐に押しこめる。 由希の顔が辰美の胸に押しつけられて、苦しさに辰美の肩を叩く。  

 頭をぐりぐりと撫でられて、背中を撫でられて、ぎゅっと抱きしめられて満足というように辰美は由希を解放する。 


「なんだよ、辰美」

「こうしたかっただけー、気にするなって」


 辰美の言葉に首をかしげた由希をよそにいいからと辰美は笑う。 早く行くように背中を押されて由希は駆けていく。 目指すは大和のところへ。


「遅かったな」


 玄関で大和は待っていた。 右手に己の荷物、左手に由希の荷物、そして胸に顔をうずめる昂輝と呼ばれた少年。


「悪い、由希。 昂輝がついてくるといって聞かないからな」


 大和は昂輝の頭を叩いて離そうとするもかたくなに離れようとしない。 それどころか大和のえりをくつろがせて、そこに鼻を押しつける始末。


「今日は自分で行きましょうか」

「それでなにかに襲われたらたまらないだろ。 ちゃんと送っていくから」


 だからと昂輝の頭を押す。 


「一人で行くっつてんだから、行かせればいいだろ」

「それでなにかあったら悪いから送っていくといってんだ。 ただでさえ珍しい人なのだから」


 昂輝という男。 渋々といったように大和から離れた昂輝はせっかくの楽しみを邪魔する由希の姿に舌を打つ。

 舌を打つと同時に由希の頬に手を伸ばす。 撫でてえりをつかんでそばまで引き寄せた。 


「こいつは俺のだからな。 髪の毛一本でさえ、てめぇなんぞに渡すものか」


 唇があと少しというところまで近づいた昂輝は由希にそれだけを告げると、二人に背中を向けて去っていく。 

 その姿を見送ると、大和はふうと声をもらす。


「あの方って、なんの妖怪なんですか? 」

「気がつかなかったのか? あいつは犬神だぞ」

「犬神? 」

「親が、だけどな。 半分は犬神で半分は人間。 妖怪ではなく混じった妖といったほうが正しいだろう」


 そういいながら大和は由希の頭を撫でる。 ちょうど耳の少し上をなでてうんとうなずく。


「あいつは耳が四つある。 二つは人と同じもの、あと二つは小さくて髪に隠れてしまっているがここと反対側に。 あとは小さいながらも尾が尾てい骨から生えているぞ」


 なでてくる大和の手がほのかに温かく、気持ちがいいと由希は思う。 おそらく、大和は頭をなでたりするのが上手いのだと、一人で実感した。

 毎日のように三つカラスを撫でているからだろうかと考えているとは露程も知らない大和は早く行くかと由希の背中を押した。


 


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