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「上がるの? 」
由希の言葉に傘は由希へと体を擦りつけて風呂場から出ていった。 早く、と駄々をこねる大之助の背中を仕方なくスポンジでこする。 大之助は手に石鹸の泡をつけると白猫を洗っていく。
「そういえば、由希はなんで唐傘と一緒にいたの? 」
唐傘、と言われて意味がわからないと今度は由希が首をかしげる番だった。 そんな姿に大之助はあれと言いつつ傘の出ていった扉を指さす。
「あれ、唐傘って妖怪。 知らないで一緒にいたんだ」
「妖怪だったんだ。 てっきり付喪神なのかと思っていた」
「ま、付喪神といってもあながち間違いではないと思うけども」
ついでにと大之助の頭も洗う由希に気前がいいねと大之助は笑った。 大之助の髪をなでながら洗っていると突然、大之助が由希の方へ体ごと向き直った。
「俺も洗ってあげる。 まだ途中だったでしょ」
そばに置いていたスポンジを手にとった大之助は由希の二の腕にスポンジをあてた。 一気に脇から腹までスポンジを下げられて由希はひっと声をもらす。
「くすぐったかった? 」
大之助の頭から手を離した由希におかまいなしだとスポンジで体をこすっていく大之助に由希はいやと声をあげた。
大之助から一歩引いた由希の腕を引いてそばに引き寄せると由希に白猫を手渡して、あぐらを組んだ足の上に座らせた。
「どこから洗おうかな、やっぱり腕からかな」
右腕を持ち上げて指の先から脇の下まで、なぞるようにスポンジを滑らせる。 くすぐったさに身を震わせた由希の頭に口づけて、左腕に指を這わせる。
両手に石鹸の泡をつけた大之助は由希の左腕をなでて、指を絡ませた。
「次はどこにしようかな」
右足に触れられたところで由希が大之助の肩を押した。 手を伸ばした先にあるのはシャワーの取っ手。 それを大之助に向けて、蛇口をひねった。
「大之助さんのばか! 」
という言葉とともにひねった蛇口はもちろん、水。 白猫にかからないように反対の腕に抱えて。
突然の冷たい水に大之助は悲鳴をあげた。 あまりの驚きに飛び上がった大之助の姿にさすが猫と由希は思わずつぶやく。
水から逃れようと身をひるがえしたが足元に落としていた石鹸に足を滑らせて浴槽の中へと飛びこんでしまった。
「まったく」
シャワーの水を止めて、由希は浴槽のお湯をかぶって泡を落として風呂場から出ていく。
「にゃあ」
風呂場から出ると待っていましたと黒猫が鳴いて、人の姿へと変わった。 由希の腕の中でにゃあと鳴いた白猫を受け取ってぱたぱたと家の中を駆け足で去っていく。
バスタオルで体を拭いているとのっそりと体をひきずりながら大之助がでてくる。 体を拭いている由希を見つけると無防備な腰を抱いた。
「由希、ひどい」
「さきにひどいことをしたのは大之助さんでしょ」
バスタオルで大之助の頭にかぶせた。
「唐傘、もういなくなったのかな」
さきほどから唐傘の姿が見えない。 風呂に入っている間にいなくなってしまったのだろう。
「あの白猫を助けてくれたのって唐傘なんだ」
雨に打たれながらも白猫を、身を挺して守っていた唐傘のことを由希は思う。 自分の体もあんなに冷え切ってしまっていたのにかばうなんて。
「なるほどね」
大之助の家に常備している己の服に着替えると、まだ頭にバスタオルを乗せたままぼうとしている大之助の頭を拭いていく。
「ほら、早く服を着てください」
面倒だとこぼす大之助をなんとかなだめて服を着せて風呂場からでたとき、外はすでに雨が止んでいた。
さきほどの雨はなんだったのだろうかと錯覚を起こしてしまうほどすっかり夕焼けの映えた世界に変わっており、由希は肩を上下に揺らした。
「さっきまであんなに降っていたのに、なんかショック」
「いいんじゃない? 晴れたのだから」
空の向こうを由希が覗きこんだとき、きらりと見えるものがあった。
「あっ、虹だ」
由希の歓喜の声に反応して黒猫がにゃあと鳴いた。