猫まみれ
その日の駄菓子屋。
学校を終わらせた由希が駄菓子屋の敷居をくぐり抜けたとき、いつもより異様な光景が広がっていた。
珍しく数人といるお客となぜか十数匹の猫。 しかもそのお客はただの人ではなく、みな一様に頭から猫の耳と尻からは尾を生やした猫又たち。
にゃあと猫はそれぞれ声をもらしながら、その身をくねらせては体を伸ばした。
由希の視線は床へと向いていたが、よくよく店の中を見渡すと棚の上にもまたさらに十何匹もの猫がくつろいでいた。
「なんでこんなに猫が…… 」
由希の問いかけに店の中にいた者たちの視線が一斉に、由希へと向けられた。
「お、お前が大之助のお気に入りか」
そのうちの一人が由希に声をかけた。 縦にも横にもでかい、その猫又である男は由希の目の前まで来ると由希の頭をなでた。
ぐりぐりとなでてくる男の手に痛い、声をもらすと悪いと男は豪快に笑う。
「いやぁ、あいつがずっと一人で店をきりもりしていたのにいきなり人間を従業員に雇ったって聞いたから見に来たのさ」
「それにしても、人って柔らかそうね」
猫又の一人である女が由希のそばへとやってくると由希の頬を撫でた。 気がつくと由希の足元に数匹の猫がぐるりと回り、にゃあと鳴く。
「やっぱり柔らかい。 いいねぇ、食べちゃいたい」
物騒なことを吐きだした女の姿に由希はひっと声をもらした。
そんな由希の姿が面白いのか女はにんまりと笑って、由希の頬に口づけてちろりと舌で撫でる。 猫特有のざらついた舌に身を震わせた由希。
「いいわね、このすべすべさと柔らかさはとてもうらやましい。 なんで人はこんなにも柔らかくていいのかしら」
「うろこがあるわけでも毛が生えているわけでもないからなぁ」
俺も私もと便乗して触れてくる猫又たちに由希は身を引こうとするも腕をつかまれて、なおかつ足元に群がる猫たちのせいで逃げることも叶わなかった。
頬をなでる、腕をなでるは序の口。 二の腕、太もも、首、いたるところを撫でられて身を震わせる由希の姿が猫又たちの心を震わせるのか止めようとしない。
「もう、止めてください」
由希が否定の言葉を吐きだしたとき、にゃあという声が店の中に響いた。 それはいつもの聞きなれた猫の声。
黒猫が来たのだろうかとそちらへ目を向けた途端、由希に触れていた手が、足元をぐるぐると回っていた猫たちが頭を垂れた。
目の前でにゃあと鳴く黒猫に対して。
「これは失礼した。姉さんのお気に入りだったかぁ」
真っ先に頭を垂れた男がそう告げた。 黒猫はにゃあと鳴いて人型へと姿を変えると、由希の目の前までやってくる。
由希の両方の肩に触れて、頬をいつものざらついた舌で舐めて腕を引いた。 その姿を先ほどの猫又や猫たちが眺めていた。
「あんまり由希をいじめると、黒猫が嫌がるから」
この騒動の元を作った大之助が店の奥から姿を現した。 そばに来た黒猫と由希の頭を撫でて、手に持っていたお菓子の入った容器を並べた。
「なんだ、姉さんのお気に入りなら手がだせないじゃないか」
「いやいや、気に入っているのは俺もだから」
頭を垂れた猫又たちも話は終わりとそれぞれ手に手にお菓子を詰めこんで会計までやってくる。
「由希、会計をして」
店主の言葉と共に差しだされたお菓子を落としそうになり、由希の体がぐらついた。 それの会計をなんとか済ますと猫又の男はにんまりと笑みを浮かべて由希の額に口づける。
「えっ」
声をもらした由希の手から包んだお菓子を受け取って、入り口のほうへ向かっていく。
意味がわからないと首をかしげつつも次の猫又へ。
その猫又も会計を終わらせると由希の右の頬に口づけて、先ほどの猫又と同じように入り口のほうへ歩いていく。
それを何人もの猫又にされるため、由希の顔は徐々に赤く染まっていく。 恥ずかしさに目を背けるも、顎を引かれて目元に口づけ。
「なんでき、キスして、いくんですか! 」
まるで夕日、頬を真っ赤に染めた由希が猫又たちに問う。 会計を済ませた猫又たちは一同にうんうんとうなり声をあげながら考えて一言。
「反応がかわいいから、つい」
と、一言。
会計を済ませては由希に口づけていく。 右のまぶた、左のまぶた、耳のうら。 至るところに口づけられてもうとこぼした由希におう、と最初に声をかけてきた猫又が由希の腰を抱いた。
「あとは俺だけか」
猫又はうんと首をかしげて、一人でうなずく。